<阪神1-0広島>◇29日◇甲子園

 虎党にとっても、自身にとっても忘れられないメモリアルアーチになったはずだ。阪神福留孝介外野手(37)が、通算200本塁打でバリントンを攻略した。チームも03年以来となる甲子園9連勝で、貯金は今季最多タイの8。首位広島に1ゲーム差。ゴールデンウイークに、貯金もガッポリ稼いで、首位までいただきまっせ。

 白球が小雨を切り裂きながらバックスクリーンへと伸びた。0-0の8回、福留が広島バリントンの速球をとらえた。虎党の、ベンチの、何より自分自身の願いに後押しされるようにスタンドに飛び込んだ。思わず右拳を強く握っていた。

 「自分の調子も悪かったし、ランディに何とか勝ちをつけたかった。そういうのが(ガッツポーズに)出たのかな。200号?

 それより、ベンチ裏へ戻ったらトリやセキや、新井さんが本当に自分のことのように喜んでくれた。それがうれしかった」

 チームは7回2死まで1人も走者を出せなかった。完全試合までちらついた展開から一転。日本通算200号のメモリアル弾で、両外国人の投げ合いに決着をつけた。チームは甲子園で11年ぶりの9連勝。広島との首位攻防第1ラウンドを制し1ゲーム差に迫った。福留は苦しみと喜びを分かち合う仲間たちの姿に目頭を熱くした。

 もがきながらの1本だった。開幕3戦目の3月30日巨人戦、西岡と激突。そこから打撃は急降下。打率は1割台に低迷し、スイングも崩れた。この日を迎えるまで甲子園で1本の安打すら打てていなかった。あの激突以降、スイング中、バットを止める度に胸に激痛が走った。せきをするとツバが血で真っ赤に染まっていた。夜は寝返りを打つたびに目が覚めた。ナイターの日でも朝6時から起きていたという。だが、そんなことも本人は決して口にしない。

 「ユニホームを着て、グラウンドに立っている以上はやるだけなんで。痛いもかゆいもない。1軍で使ってもらっているというのはこの数字からすれば、考えられないこと。その中で自分の生きるところを探さないといけない」

 批判にさらされながらも起用を続けてくれる和田監督、首脳陣のためには結果で示すしかなかった。

 今月26日に37歳になった。長男・颯一くん(6)、長女・桜楓ちゃん(3)がバースデーソングの動画を送ってくれた。父として喜びに浸りながらも選手としての気概は忘れていない。

 「年齢のことをどうこうはないし、何歳になったからといって、老け込むことはないから」

 復活への道は険しい。一瞬の喜びを糧に、また再びこの世界で生き抜くための戦いへと向かっていく。【鈴木忠平】

 ▼通算200本塁打=福留(阪神)

 29日の広島4回戦(甲子園)の8回、バリントンから今季2号を放って達成。プロ野球99人目。初本塁打は中日時代の99年4月16日の巨人1回戦(東京ドーム)でガルベスから。また、福留の1-0決勝アーチは初めて。