2回、小比田隆太(左)をKOで破った安彦考真(撮影・丹羽敏通)
2回、小比田隆太(左)をKOで破った安彦考真(撮影・丹羽敏通)

8月27日に八芳園(東京都港区)で行われた「EXECUTIVE FIGHT~武士道~宙」で格闘家2戦目に臨みました。今回はメインマッチとして組んでいただき、KO勝利を果たすことができました。これでデビュー戦から2戦連続でのKO勝利です。

この大会は元K-1ファイターの小比類巻貴之さんが主宰している、大手企業の経営者がリング上で拳を交える格闘技イベントです。ビジネスの中で鍛え上げた精神力をさらに格闘技で磨き上げ、武士道の精神を肉体から学び取ることがコンセプトとなっています。そんな素晴らしい大会のメインを飾らせてもらえたことは、目標とするRIZIN出場に向けても大きな弾みとなりました。

僕の対戦相手は株式会社HITOSUKE代表取締役の小比田隆太さんでした。小比田さんはEXECUTIVEファイターの中でも「最強」と言われていた方だったそうです。格闘技歴は10年近くあり、アマチュア大会でも10戦で5勝4敗1分という戦績を残していました。「FCとITで人の生活を支える」という素晴らしいミッションを掲げる会社の社長をしながら、格闘家としても自分を追い込み、戦う姿勢を持つ小比田さんはまさに強者という相手でした。

2分2Rで壮絶な殴り合いをした結果、最後は僕がリングに立ち続けましたが、1R目は小比田さんの圧力に押されっぱなしで、足を使って動き回ることしかできませんでした。インターバルで前回に続いてセコンドについてくれた現役K-1ファイターの愛鷹亮と、ストレッチマジシャンの異名を持つトレーナー、後藤俊光の2人から叱咤(しった)激励の嵐が飛び、僕の覚悟は決まりました。

2R目の開始からノックアウトのコールが聞こえるまで、僕の記憶はほとんどありません。思考しながら戦うことを止め、本能の赴くままに戦うことを選択しました。その結果、ダウンを奪い、KO勝ちを収めることができたのです。

今回、この熾烈(しれつ)な戦いを終えて僕は2つのことを学びました。ひとつは「思考より肉体の方が記憶力がある」ということ。もうひとつは「人間の可能性の提示」です。

まずは、ひとつ目について説明をします。現代は科学が発展して、全て科学で解明できることが「正解」となっています。UFOや幽霊は科学で解明できないので「存在しない」とされています。しかし、本当にそうでしょうか? UFOや幽霊がいるかいないかはさておき、科学で解明されていないものを「存在しない」と「不正解」のように位置づけることは人間を退化させるのではないかと僕は考えます。

人は思考すればするほど反応が遅くなります。そこには「正解」が何かを探してしまうことで迷いが生じ、ちゅうちょするからです。挑戦者に迷いは禁物です。

僕らは小さいころから「正解がある」という教育を受けています。しかも、それは「目に見えるもの」が正解となっているので、科学で解明されるものが一番となってしまうわけです。僕は今回の試合で明らかに記憶に残っている1R目と、全く残っていない2R目の違いをハッキリと感じています。

そこには脳の記憶と肉体の記憶が存在します。車を運転する人はわかると思いますが、逐一周囲を見回し、確認をしながら運転をすることは無いと思います。危険があれば、ブレーキを踏もうと思う前に体が反応しています。それと同じように肉体が思考を上回ることがあるのです。

2R目は確実にその状態でした。今までやってきたことが、身体の連鎖、連結、連動となって勝手に動き、相手のパンチやキックに対しては反射、反応で対応していました。そこに一切の思考は存在していません。

これは全てのアスリートに言えると思います。考えさせることをやめて、もっと本能にアプローチする時間を増やす。その肉体へのアプローチが限界突破へとつながるのだと思います。 もうひとつの「人間の可能性の提示」ですが、これは精神の部分を表します。僕は思考と肉体の間に精神があると思っています。トレーニングの一環で野生動物と向き合ったり、日本刀を持ち、居合術を学んだりしました。僕の日本刀の師匠でもある国際古武道協会会長の杉尾仁さんは、世界大会の一般の部と小太刀の部で共に2度の優勝経験もある方です。その杉尾さんからは「心の目で斬る」と言われました。

「心の目」なんて無いと思う方が多いと思います。そもそも心とはどこにあるのかという問いかけがあるように、そこに目もあるのかとなれば余計に訳がわからなくなりますよね。それでも僕はその言葉を信じて居合の稽古をしました。その稽古を通してわかったことは、科学的証明は全て後付けであり、実際に実践を重ねた結果、そこに数字や証明が残るのです。大事なのは科学的に方法を考える前に、自分がこれだと思える感覚を信じられるかどうかです。

心の目とは己への「信」です。僕は今回の試合で新たな可能性の提示ができたと思っています。例えば、100メートル走を9秒台で走る選手がここ最近では増えてきました。あれだけ9秒の壁が高かった時期が長く続いていたにも関わらず、1人が9秒台を出した途端、他の選手もそこに続き始めました。これこそ「人間の持つ可能性の提示」だと思います。

43歳から格闘技を始め、日本で最大級のイベント、RIZINに出場することは夢のまた夢。それは無謀でしかないと思われていると思います。王道で考えればその通りです。だからこそ、王道ではない方法で新たな可能性を僕は提示したいのです。

僕らにはまだまだできる可能性がある。人間には無限の可能性があり、今、証明されていること以上に大きな大きな可能性を秘めているのです。今はコロナで非常に大変な世の中になっています。もはやコロナで苦しむ以上に、コロナの影響で心がむしばまれ、思考が停止し、固定観念でガチガチの脳みそが人の足を引っ張り、誹謗(ひぼう)中傷を繰り返し、どんどん本質からズレた議論が世の中を引っ張っているように思えます。

そんな世の中を変えるためには己からです。僕は人間の持つ可能性を提示し、そこにわずかながらの光を見つけ、1人でも多くの人が勇気と忍耐を持って挑み続ける世の中を作りたい。誹謗(ひぼう)中傷と足の引っ張り合いが横行する世の中になっているのは挑戦する者の数が少ないからです。

挑戦とは無謀なことではありません。しかし、希望ばかりでもない。無謀と希望の間にある小さな光にフォーカスすることで、日常の中から少しずつできることがあるはずなのです。僕は格闘技を通して、その可能性を提示します。

RIZIN出場は僕にとって、社会に人間の可能性を提示する大きなチャンスの舞台となると思っています。今からでも遅くない。この社会をねたみ、憂うより、1人でも多くの人が勇気を持てるよう、自らが実践者として挑み続けることに大きな意味があると思います。年末まで残り4カ月。RIZIN出場が社会に与えるインパクトを倍増させてくれます。今からでもこの船に乗っていただき、みんなで自分のできる挑戦を繰り返していきたいと思っています。

現代は各所で不可避な大きな変化が起こり、また社会の核となる部分で劇的に大きな変化が求められる雰囲気が満ちています。不安が増す時代でもありますが、その分「持たざる者」にとってはチャンス到来でもあると言えます。こんな時代に生きる我々は、旧体制が保身のためになんとか死守しようと無理を重ねている「古い常識の呪縛」からいち早く逃れ、新しい時代の基準となるような「次の時代の主流」をいち早く見いだし、身につけ、多くの人に伝えることが大切だと感じます。

「逃げ切り世代」が自分さえよければいいと考え、動いている中、その後にバトンを渡される我々40代が「見て見ぬふり世代」とならないよう、共に手を取り合い、表面的なものに左右されず、自分にうそをつかず、人生を全うしていきましょう!

対戦を終えて健闘をたたえ合う小比田隆太(左)と安彦考真(撮影・丹羽敏通)
対戦を終えて健闘をたたえ合う小比田隆太(左)と安彦考真(撮影・丹羽敏通)

◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結んだが開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退し、格闘家転向を表明。同年12月には初の著書「おっさんJリーガーが年俸120円でも最高に幸福なわけ」(小学館)を出版。オンラインサロン「Team ABIKO」も開設。21年4月に格闘技イベント「EXECUTIVE FIGHT 武士道」で格闘家デビュー。8月27日に同大会で第2戦に挑み、2戦連続でKO勝利。175センチ、74キロ。。 (ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「元年俸120円Jリーガー安彦考真のリアルアンサー」)