演劇担当の記者時代、北海道から沖縄まで全国はもちろん、時には海外にも取材に出かけました。作品の舞台となる土地を出演者とともに訪れたり、東京での公演を前に地方や海外の公演を見ることもありました。その中で多くの温泉にも入りましたが、最近、ニュースで以前3回ほど訪れたことのある老舗温泉旅館の名前を目にしました。福岡・筑紫野市にある「大丸別荘」です。
福岡市に隣接し、太宰府天満宮にも車で20分ほどのところにあり、歌舞伎俳優の片岡仁左衛門さんの同行取材で泊まりました。仁左衛門さんは菅丞相(かんしょうじょう=菅原道真)を主人公にした「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)」を上演する時に、道真を祭る太宰府天満宮を参拝しており、その際に大丸別荘にも度々宿泊していました。
そのため私たち記者も大丸別荘に泊まったのですが、昔ながらの木造建築にレトロな雰囲気の岩風呂形式の大浴場、出された料理もおいしく、しっかり手入れがされた広大な日本庭園もあって、プライベートでもまた来てみたいと思うような旅館でした。
しかし、先日あった大丸別荘の社長の会見を見て驚きました。条例で週1回以上を義務付けられていた大浴場の湯替えを年2度しか行っておらず、消毒のために欠かせない塩素注入も怠っていたというのです。驚きと同時に悲しい気持ちにもなりました。仁左衛門さんは菅丞相を演じる時は必ず太宰府天満宮で参拝し、身も心も清らかにして舞台に臨むことを常にしていました。大丸別荘の不祥事は、そんな仁左衛門さんの清浄な思いの正反対にあるでしょう。
「いい旅館に泊まったなあ」という、楽しい思い出が汚されたように感じています。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)




