イッセー尾形(73)が、一人芝居「イッセー尾形の右往沙翁劇場」を上演する。神戸朝日ホールで11月14~16日に番外編「銀河鉄道に乗ってin神戸」、東京でも有楽町朝日ホールで12月5~7日に番外編「銀河鉄道に乗って・すぺしゃるin有楽町」を行う。1人でいろいろなキャラクターの人物を演じて、見る者に訴える独特の芸風で“一人芝居の第一人者”とも言われる。半世紀に及ぶ歩みを聞いた。【小谷野俊哉】
★100分出ずっぱり
「銀河鉄道の夜」などで知られる童話作家宮沢賢治の世界観が、尾形の一人芝居で広がる。
「宮沢賢治ゆかりの地観光の短編を雑誌『Coyote』に連載していたんですけど、それをまとめて『人情列車』という本にしました。その刊行記念に宮沢賢治特集のライブをやろうというのが始まり。7、8人のキャラクターを作って、その人たちの生活模様を演じる。今回は宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』から。宮沢賢治記念館に行くバスツアーのバスガイドがあって、『ゆきこちゃんの冒険』っていうネタから、ゆきこちゃんが銀河鉄道に乗るというものです」
上演時間は100分。その全てに出ずっぱり、全てのせりふを1人で言う。せりふを忘れても、カバーしてくれる相手はいない。
「若い頃は、それに四苦八苦しました。今のほうが出る前は緊張しますよね。でも、実際に出ると何とかするんですよ。そういう自分を信じられるようになりました。何とかするよ、お前は。本当に困ったままでいるわけがない。困ったら何とかする」
神戸公演は11月14日に初日を迎え、東京公演は12月7日まで。
「最初と最後じゃ違うでしょうね。今やってるんだ、ってことは大事にしたいんですよ。“ちゃんと作ったもの”を今日お見せしますじゃなくて、ちゃんと作ったんだけども、今日もちゃんと作ります、と。『銀河鉄道』の中で主人公のジョバンニが自分の切符を『これはどこまでも行ける切符だ』というセリフがあるんです。宮沢賢治というのは、どこまでも行ける切符のような気がして終わりがない。なかなか捕まえられない、捕まえてもスルッと逃げちゃう。ある種、自分と重なる部分、重ねたい部分。『銀河鉄道』っていうのは不思議な世界で、ずっと列車に乗っていけばいいわけ。その列車は死に向かっている、死への挑戦」
★若い頃変身願望
日ごと変わる一人芝居。それは演じる場所によっても変わる。東京の有楽町朝日ホールでは、500人の観客の前に1人で立つ。
「大きいんだよね。ただ東京は、情報が密ですから。それは日本一だと。で、神戸も都会で情報量が多いから、その量でお客さんが成り立つ。だから、いろんなキャラクターを出すと必ずキャッチしてくれる。そういう安心感がある。今回の登場人物は田舎の人が多いけど、それも都会の人はとらえてくれる。そのズレみたいなものが楽しみっちゃ、楽しみです」
19歳で演劇の世界に身を投じた。
「若い頃は、やっぱり変身願望があったんですね。自分の人生で確固たるものになりたいということは、誰しも思う。みんな何かになりたいんだ、というのが1つの原動力です。最初の演劇学校が変わっているところで、自分の好きなものを作りなさい、条件はあなたが出しなさい、あなたが演出しなさい、と。今、自分がやっていることと同じ。だから、それが芝居だと僕は思ってます。根のところでは、自分を動かすものは自分が作らなきゃいけないと思っています」
★元々は何人か…
自ら一人芝居を目指したわけではない。
「もともとは普通に何人かいたんですよ。1人減り、2人減りで、皆いなくなっちゃって、役者が1人になったんです。演出家がいたから、1人でも何かできるといいかな、と。じゃあ、一人芝居やろうかみたいな形で。最初から一人芝居っていう思考ではなかった。それで一人芝居じゃない別の呼び方があるんじゃないかと、ずっと探して来た。純粋に一人芝居って言われると、同じキャラクターを最初から最後まで演じきるのを言うんだろうなっていう思いが、どこかにあります。僕は何人ものキャラクターを演じる。でも、他に名付けようがない。コミュニケート・エコノミック・ワンプレーとか、いろいろ考えたんですよ。今はね、めんどくさくなって、一人芝居でいいや(笑い)」
★飽きないために
共演者がいる芝居と、一人芝居の違いとは。
「共演がいれば楽しいけど、1人のほうがね。出演者が舞台に3人いるだけで、すごく多く感じる。それが終わって、自分の一人芝居に戻ると誰もいない、寂しいんですよ。運命って言えば、運命なんですけど、これをずっと抱えていくんだなと思いました。まあ、人から見たら変わってると思いますね。次を作りたいという執念、飽くなき思いは、いつだって起こる。もうそれで行くしかない。飽きやすいんですよ、私は。どんどん変えないと飽きちゃうから、それが続く一番の理由かな」
2012年(平24)、還暦の時に40年近く付き合った演出家の森田雄三氏と別れて、フリーになった。壁にぶつかった。
「お互いに『もう作れないな』って言ってね。演出家とは別れたけれど、やっぱり作りたいなと思った。でも何を作ればいいのか、全くわからない。やめるというのは次の決断なんですが、作るものがないという段階でしたね。そんな時に文豪の夏目漱石と出会って、その一人芝居のお話をいただいた。みんなが知ってる人だから、いっぱいいる“副登場人物”のことを読んで、勝手に作って一人芝居にして。それで息を吹き返したんです」
★73歳北斎の境地
今年2月に73歳になった。
「浮世絵の葛飾北斎が70歳になって『俺はこれからだ』って言ってたのが、うらやましいですね。やっぱり、まだまだこれから変わっていく。人間はね、どこまでも行ける切符じゃないですけど、ここでおしまいってことはないんですよ。これからも、やっぱり布団の中で物を書いていきたいですね。ボールペンでね。パソコンは、どこまででも作れちゃいます。余計なものも全部作れます。でも、一番作りたいものを作るには、ペンが一番いいです。AIは簡単に作れちゃうから、近づかない」
どこまでも1人で伝えていく。
▼「イッセー尾形の右往沙翁劇場」舞台監督・高橋大氏
私が初めてイッセーさんの一人芝居を見させていただいたのは15歳の時でした。もう30年も前の事です。それから舞台製作で関わらせていただき、最も一人芝居を見せていただいてる人間の1人になりました。とても幸せな事です。人が出会うとそれだけで物語が始まり、複数人が登場する場面を1人で演じてる姿が、いつの間にか身の回りの人、もしくは自分と重なりゲラゲラ笑いながら「あれ?」っと気付かされる場面もあり、昨日見た同じ舞台が自分の心の持ち様で全く違う内容に感じてしまう。「いる、いるこんな人」と身近な人々の中に自分の一部を見つけて笑って乗り越える事が、僕の人生へのイッセーさんからのプレゼントだと思っています。
◆イッセー尾形(おがた)
1952年(昭27)2月22日、福岡市生まれ。都立多摩高卒業後、71年に演劇活動を開始。演劇養成所アクターズスタジオで演出家の森田氏と知り合い、自由劇場、劇団うでくらべで活動。81年日本テレビ系「お笑いスター誕生!!」で8週勝ち抜き金賞。81~89年フジテレビ系「意地悪ばあさん」、85年映画「それから」などに出演。90年「都市生活カタログ」でゴールデン・アロー賞演劇芸術賞。09年NHK連続テレビ小説「つばさ」、18年「まんぷく」、19年NHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」など出演多数。171センチ。血液型A。








