20年4月に真打ち昇進した落語家立川志の春の昇進披露パーティーが先日、都内で行われ、師匠の立川志の輔とともに取材に応じた。
新型コロナウイルス感染拡大の影響で開催が延期になっていたのだが、ようやくパーティー開催に至った。
取材では、志の輔が、志の春の人柄や修業時代のエピソードなどを次々明かし、それだけで1つの物語になるようだった。
取材陣が笑って驚いたのは、志の春がしくじった、つまり、やらかしてしまったエピソードだ。
弟子入りしたが、まだ高座名が付いておらず、本名で師匠に付いて回っていたころのこと。ある時、志の輔が横浜にぎわい座に出演するため、弟子(志の春から見ると兄弟子)が運転する車で移動していたという。後部座席の志の輔の耳に入ったのは、助手席から聞こえる盛大ないびき。志の輔によると「(首の)縦の動きが横になって、いびきが豪快になっていく。アメリカではこれはOKかもしれないけど、日本ではOKではないということを、この時点でも言わなきゃならない」と決心したという。ちなみに志の春は幼少期からアメリカで暮らし、エール大卒という異色の経歴の持ち主。
料金所を出た所で車を止めた志の輔は、志の春に「どうしてこうなってるか分かるか。希望を受け入れて弟子にしたかったけど、こんな気の緩みはとてもじゃないが許すことはできない」と言い渡したのだという。
志の輔が驚いたのはここから。にぎわい座に着くと、楽屋の前で志の春が「師匠、ご苦労さまでした!」とニコニコとあいさつをしたのだとか。志の輔にとってはミステリーだ。「どう考えても料金所に(空車の)タクシーがちょうど通りかかったとは思えないし、どうやって来たのか…」。具体的にその謎は明かされなかったのだが、志の春の打たれ強さというか、陽気さというか、師匠にくらいついていくという執念だったのだろう。
志の春という名前は、2つ目までの名前という雰囲気だが、本人は変える気持ちはまったくないという。「名前を付けていただいた時は本当にうれしくて、ものすごくうれしかったんです。1度も変えたいと思ったことありませんし、すごくすてきな名前をいただいたと思ってますので、志の春のまま、生涯生きていきたい」と明言した。大きなしくじりをし、弟子入りならず…の寸前までいっただけに、うれしさもひとしおだったのだろうか。
志の春という名前について、志の輔は「彼を見ていると、春の暖かさというか、ものすごくおおらかなものを感じたんです」と理由を説明した。しくじりのエピソード1つとっても、志の春のおおらかさが伝わってくる。
志の春が「師匠は何歳になっても新しいことに挑戦し続けている。私もそういうスピリットで活動を続けたい」と言えば、志の輔は「何も心配はないので、今のまま、足を前に出し進んでいってもらいたい」と背中を押した。厳しい師弟関係の中に、温かさを感じた。
12月3日には東京・有楽町朝日ホールで昇進披露落語会が行われる。【小林千穂】



