映画記者会が主催するブルーリボン賞の授賞式は、前年の男女主演賞コンビが司会をすることが恒例となっている。
今年は神木隆之介(31)と吉永小百合(79)だった。受賞者の出演作の演技について具体的に感想を述べる吉永と、それをほどよくフォローする神木。年齢差を感じさせない名コンビぶりだった。
吉永のコメントがどれも的を射ていたのにはわけがある。終了後に「この1週間くらいで、対象作品を全部見たんです。配信とかDVDとかもですが、もちろん映画館にも行きました」と明かした。
対象作品は十数本にのぼるから、文字通り映画漬けの1週間だったことになる。ノーギャラでお願いしているこの「仕事」に、それだけの労力をかけていただいたことに改めて頭が下がる思いだった。映画館まで足を運んでいただいたことにも感服した。
実は往年のスター俳優は周りの目をそれほど気にすることもなく、けっこう当たり前のように映画館に行っていた。
高倉健さん(14年83歳没)も人知れず劇場に通い、自分の作品を観客とともに見ていた。人気絶頂だった60年代半ばには「日本侠客伝」「網走番外地」「昭和残侠伝」の3シリーズが並行して続いていたが、そんな時も公開に合わせて足しげく通った。
後年、「-残侠伝」のプロデューサー吉田達氏から「あの頃の健さんは実はワンパターンのマンネリ演技に疲弊していたんですけど、観客の反応に励まされて続けられたんだと思います」と聞いた。
終盤の「死んでもらいます」の決めゼリフがでると、観客から「いよ!」「異議なし!」のかけ声が相次ぐ。終映後はまるで劇中の健さんのように肩をいからせて劇場を後にする。当時の映画館のそんな熱を体感し、背中を押されたのだ。
吉田氏は健さんが「映画というのは怖いメディアだよね。見終わった後は、明らかに人が違っているものね」と語っていたことも覚えていた。
舞台出身の渥美清さん(96年68歳没)は映画館だけでなく、劇場にも頻繁に通った。昨年亡くなった西田敏行さんのことを無名時代からの盟友松崎しげる(75)に聞いた中に、こんな話があった。
「売れない頃、西田が仲間とやっていた演劇には、出演者の方が観客より多い公演もあったんだよね。で、ある日数人しかいないお客さんの中に渥美さんがいたんだって。幕あいの楽屋は大盛り上がり。最初に気付いたのは西田らしいんだけど、『こんなところに渥美清が来るわけない』と信じない共演者がいたり…。2幕目が開くと、西田はひたすら渥美さんにウケることを念じて、その1点に向けて演技をしたんだって。心の中で『あっ渥美さんが笑った!』とか思いながら。西田には悪いけど、むしろそんな末端の演劇まで見にきてくれる渥美さんのほうに感動したけどね」
観客に背中を押されたり、ベテランの域に達してからも若手の舞台探訪に労を惜しまなかったり。長くビッグネームを維持した人にはそれなりの理由がある。



