漫才コンビ「ナイツ」の塙宣之(47)と土屋伸之(46)が30日放送のMBSテレビ「痛快!明石家電視台」(土曜午後3時=関西ローカル)に出演。おなじみの「ヤホー漫才」が生まれたきっかけについて語った。
ナイツは若手時代、所属するマセキ芸能社の当時の社長からの厳命で、漫才協会に入った。
それでも、寄席だけではなく、テレビで活躍したいと考えてスタイルを模索したといい、一時はコントを志すも、塙の演技がヘタすぎたこともあり、早々にあきらめることとなった。
塙は「コントができないので、漫才しかやれないっていうので。初めは自分たちのスタイルが見つからずに、結構、もう何やってもダメだったんですよ」と回顧。
続けて「ネタ見せでいろいろダメ出しされる中で、僕が野球が好きなんで、野球の話をちょっとする漫才をやったら『好きなのをしゃべってる時、いいよね』みたいに言われて。2006、2007ぐらいに、野球漫才っていうのだけを1年間やっていたんですよ」と振り返った。
その漫才は、たとえば塙が落合博満氏のストーリーを5分ほど、一切のボケを入れずに語る。土屋が「お前、いいかげんにしろよ。野球の話はもういいんだよ。Mr.Childrenの話とかしろよ」と言うと、塙が「一茂と三奈が…」とボケてみせ、土屋が「ミスターのチルドレンだろ!」とツッコむ、といった構成だった。
塙によると、今度はそこから発展し、「逆に全部ボケて紹介しようってなって。『イチローって知ってますか?』って言って。でも知ってるのに間違えるのはおかしいから『きのうインターネットで調べて知ったばかりだから、ちょっと間違えちゃうかもしれません』みたいな感じで生まれたんです」。
これで、ヤホー漫才の原型ができたという。
土屋は「テンポがちょうど…落語会とか大人のお客さんの中でやる時に、ちょうどよかったんですね。若手のライブとかだとテンション高くやってたんですけど、それはムリしてて。自分たちの淡々としたテンションでやるのが、ちょうど大人のお客さんに、寄席に合っていた」と語っていた。



