歌手橋幸夫(はし・ゆきお)さん(本名橋幸男=はし・ゆきお)が肺炎のため、4日午後11時48分に亡くなったことが5日、分かった。82歳。所属する夢グループが発表した。
橋さんは22年2月に75歳で亡くなった西郷輝彦さん、舟木一夫(80)と御三家と呼ばれていた。橋さんは22年5月3日付の本紙のインタビューで、芸名をめぐっての秘話を明かしている。当時の記事を引用する。
◇ ◇ ◇
橋さんは中学2年生で日本コロムビアの専属作曲家だった遠藤実さんに師事した。遠藤さんが橋のために準備した芸名は「舟木一夫」だった。だが橋はビクターからデビューすることになり、ビクターの専属作曲家だった吉田正さんが本名を参考に「橋幸夫」と命名してくれた。「遠藤先生に報告したら『そうか、残念だな…』って。それで探したんでしょうね。3年後、コロムビアから今の舟木一夫君がデビューするんです」。
◇ ◇ ◇
通夜は9月9日午後8時、無量山傳通院、告別式は10日正午同所で。東京都文京区小石川3の14の6。葬儀委員長は石田重廣夢グループ代表、喪主は妻真由美(まゆみ)さん。
橋さんは24年12月に「中程度のアルツハイマー型認知症」と診断された。25年5月に休養、同31日には一過性脳虚血発作と診断され、検査入院後の6月8日に退院。同11日に滋賀県で開催した「夢グループ20周年記念コンサート」では「いつでも夢を」など4曲を歌唱した。しかし、2日後に再入院していた。
◆橋幸夫(はし・ゆきお)本名・橋幸男。1943年(昭18)5月3日、東京都生まれ。60年に「潮来笠」でデビュー。吉永小百合とデュエットした「いつでも夢を」(62年)と「霧氷」(66年)で2度日本レコード大賞を獲得。「恋をするなら」「恋のメキシカン・ロック」「子連れ狼」などヒット曲多数。血液型A。



