お笑いコンビ「サバンナ」の高橋茂雄(49)と八木真澄(51)が1日放送のMBSテレビ「痛快!明石家電視台」(土曜午後3時=関西ローカル)に出演。東京進出の恩人だという間寛平(76)とのエピソードを振り返った。

この日の番組では、サバンナのこれまでの活動を振り返り、「芸能界での恩人」についての話題に。2人は、ともに寛平の名前を挙げた。

サバンナは2009年に拠点を大阪から東京に移したが、高橋は「東京行こうかどうか、めちゃくちゃ迷ってた時があって。今って、『M-1』とか賞を取ったら東京に行くじゃないですか。僕らはもうその時はM-1も出られへんし、一体いつ東京行こうかなって」とタイミングをうかがっていた。

そんな折、一緒に劇場にも出演していた「次長課長」が東京へ進出。高橋は「僕の中ですぐに売れると思って」と送り出していたが、その1年後に、河本準一が帰阪した際、「東京つらいです」と泣いたのを見て、「何の根拠もなく抱きしめて、『お前はいける』って言ったけど、(内心では)『東京、こわ~。あの河本が泣かされて帰ってくるねんや』って…」と、おじけづいたという。

「でも行きたい気持ちはある、でも大阪の番組を全部辞めないとあかんし、どうしよう、っていう時に…。寛平師匠が夜に一緒に飲んでいる時に、『あのな、家を右から出てな、地球1周して帰ってきたらおもろいやろ』って言いだしたんです。何言ってはんのかなって思ったら、地球1周のアースマラソンに寛平師匠が行くっていうのを聞いて…」

寛平が2008年に当時の全レギュラー番組を降板し、マラソンとヨットで地球を1周する「アースマラソン」に挑戦することを知った。

高橋は「(当時)60(歳)の寛平師匠が全部辞めて行くのに、なんで俺がこんなビビってたんやろうって思って。寛平師匠がスタートした日、スタートする前に寛平師匠の楽屋に行って、『実は僕ら、東京に行こうか迷っていたんですけど、寛平師匠の姿を見て行くことに決めました。寛平師匠が帰ってくるまでに何とか頑張って、ご一緒できるように約束させてください』っていう手紙を寛平師匠に渡して、東京に行ったんです」と、東京進出を決意したことを明かした。

さらに「そこから、寛平師匠はほんまに、太平洋のヨットからとか、アメリカ大陸からとか、『どうや、頑張ってるか?』ってめっちゃ電話くれて」と回顧。寛平も「高橋に言った『頑張れ』っていう言葉を、僕も自分に言い聞かせる感じで…」と振り返った。

その後、2011年に寛平が地球1周を終えてゴールした際には、「日テレの特番やったんです。(ゴール地点に)僕らも立てたんですよ。僕らからしたらすごいこと。約束を果たせたって思って。寛平師匠が一番最初に僕のところに来て、こうやって(抱きしめて)くれたんですよ」と真っ先にハグ。「僕からしたらめちゃくちゃ感動するじゃないですか。僕もワーッて泣いたんです」と思わず号泣した。

ところが、「この事情を誰にもしゃべってなかったんです。後から楽屋に帰ってから『お前、おいしいと思って泣いたな。テレビに映れると思って泣いたな』って。違うんです!」と、周囲の芸人仲間に疑われたことも打ち明けて苦笑していた。