19日放送のABCラジオ「上沼恵美子のこころ晴天」で、パーソナリティー上沼恵美子(70)が姉と組んだ漫才コンビ海原千里・万里時代の苦難を振り返った。

「お笑い(芸人)は、人間扱いされてなかったんです」

1972年(昭47)上方お笑い大賞(新人賞)を受賞したが、同年の大賞は笑福亭松鶴さんと桂米朝さんだった。すると主催の放送局の人間から「お前らが売れてもないのに賞を取るから、権威がなくなってしもた、とボロクソ言われました」

また、地方の仕事で耕運機の前で漫才したこともあった。「お客さんは耕運機の方を見たいんでよ。『黙っててくれ』と言われて、誰も私らの漫才を聞いてくれなかった。2回目の出番前に『これじゃ漫才できないので帰ります』と主催者に言いました」

すると相手は「ギャラを払っているんやから、帰すわけにはいかん」と押し問答に。そこで上沼の姉(万里)が「妹が言うように、私たちの漫才は耕運機を見たい人の邪魔をしているだけです」と言い張ったという。「姉が矢面に立ってくれたのは、この一度だけ」と上沼は振り返った。

そのまま姉と主催者とで話し合いになり「妹(千里=上沼)は私より年下なもので」と奇妙な言い訳をして、その場は収まり、2度目の舞台にも立った。

「小さな事務所だったので、どんな仕事も受けていた。あれはイヤな仕事でした。扱いがひどくて、姉もつらかったはず。『売れないと話にならないね』と姉と話し合いました」と若かった日を回顧していた。