高倉健の主演映画「あなたへ」(降旗康男監督)がいよいよ25日に公開される。高倉にとって通算205作目、降旗作品は20作目。実に6年ぶりのスクリーン復帰を記念して、高倉と縁の深い人物に「あなたへ」の見所と人間・高倉健の魅力を語ってもらう。第2回は「網走番外地」シリーズ以来の熱狂的ファンで「高倉健ファンクラブ」初代会長の落語家・桂南光。

 健さんのために作られた映画と思います。健さんにしかできん役です。ずっと穏やかで。電話もすぐに出ない、その間合いとか。たまに手がアップになるんですが、シミが目立ちます。実はそれは昔からでね。「遥かなる山の呼び声」(80年)の時に初めてお会いしたんですが、もうありました。ゴツゴツしてないけど、職人の手みたいでした。生きてきた事が手に表れてはる感じです。

 健さんはそこにおるだけで、世界ができるじゃないですか。「高倉健」ていう風貌、表情が値打ちですよね。ストイックな人、体鍛えて。自分が理想とする「男」を維持したいと思ってはるんでしょう。その生きざまがきれいですよ。

 僕は「八甲田山」(77年)がすごい好きなんです。案内人役の秋吉久美子さんに「案内人殿に敬礼」ってするところがすっごいきれいで。なんて言うか“決め”がいちいちええ。今回も奥さんの遺骨を散骨するシーンがきれかったなあ。

 映画全体で言うと、健さんと一緒に旅をしてる感じ。たいした出来事が起こるわけやないのに、いろんなことがちりばめてあって、その都度心を動かされる。一番思ったんは、映画には普通メッセージがあるけど、これはそんなにはっきりしてないんですね。健さんと田中裕子さんが何で結婚したっていう決め手とかもわからない。いろいろ謎の部分があって、受け取る人がそれぞれ「そうなんだろうな」と思えばええ。そこまで明らかにする必要はないんだろうなと。奥さんの手紙を郵便局で受け取っても「え?」ということしか書いてない。でも、そこに深い意味がある。中学、高校生が見てもおもしろくない。人生をある程度生きてきた人向けの“すっごい大人の映画”ですわ。

 健さんの映画を初めて見たんは番外地シリーズのころです。僕は噺家(はなしか)になって、内弟子出てたから22、23歳かな。ただのミーハーです。健さんが実際に行ってはる東京の青山の喫茶店も1人で行きました。クラシック流れてて、女の人が白いシャツと長い黒いスカートはいてはって。「健さんは何を飲んでおられますか?」と聞いたら「ウインナコーヒー」って。注文したら、冷たいクリーム乗ってて。「けったいなもん、飲んではるんやなあ」とグイッと飲んだら、口の中をやけどしました。

 初めてお会いしたのは「遥かなる山の呼び声」のキャンペーンで大阪に来られた時です。ラジオ大阪の番組でインタビューさせてもらった。映画で健さんが泣く場面があって、他のインタビュアーもみんな、そこを聞く。僕は「山口組三代目」(73年)で田岡さんを演じた時にも泣いてはるのを覚えてたんで「あの時も…」って聞くと「あ、あなたは見てくれているんですか?」と。他の人には「そうですね」しか言わんのにいっぱい答えてくれた。

 健さんを知るみなさんが言わはんのは「とっても律義で情に厚くて、人を喜ばせたり、驚かせんのが好き」。健さんとずっと共演してはった小林稔侍さんに聞いたんは、昔、ポルシェをもらったそうです。健さんもポルシェ好きで、2台で一緒に走ってる時、前の小林さんが信号で発進しようと思ったら、サイドミラーがいがんでる。しばらくしたら、またいがんでる。…健さんが信号で止まるたびに車を降りて、走ってきて、いがまして、ガーッと後ろに帰っていく。ほんで「気がついたか」と…。

 僕の一番の思い出は93年、桂南光の襲名披露の時です。米朝事務所の当時の社長が「高倉健さんにもダメ元でメッセージのお願いをしてみようや」と。僕は「やめてくれ、失礼や」と言うたけど、送って即返信があった。速達で、みんなの中で一番早かった。そんなんする必要ないんですよ。こっちはただのインタビュアー。いくら噺家いうてもね。しなくてもいいような律義さというか。自慢です。直筆で「高倉健」ってサイン書いてありますから。

 実は1度だけ、健さんの映画に出るチャンスがありました。「居酒屋兆治」(83年)で「カウンターの客役」という話。マネジャーが「レギュラーあるから」って断ったらしく「レギュラーなんか、よろしわ、健さんの映画にちょっとでも出れたら」って言うたけど遅かった。セリフもない役やけど。ほんまにもう…。【2012年8月24日紙面

 構成・加藤裕一】