1931年創部のJTが日本リーグ時代を含め初の頂点に立った。チームカラーの緑に染まった応援席でJTを支えてきた関係者は喜びを爆発させ、優勝が決まると金色のテープを投げ込んだ。
広島市の練習場は、72年ミュンヘン大会の金メダルなど五輪で3度表彰台に立った名セッターの故猫田勝敏氏にちなみ「猫田記念体育館」と名付けられている。広島から駆け付けた礼子夫人は「『世界一にはなっても、日本一にはなっていない』と言っていた。とてもうれしい。84年待ちましたね」と亡き夫の写真を手に感無量の表情だった。
旧専売広島の選手時代に当時の猫田監督から指導を受け、84年ロサンゼルス五輪にセッターとして出場した広島県バレーボール協会の下村英士専務理事は「昔は難しいことをやろうとしていた。今のチームはサーブで崩してブロックを機能させており、やっていることがシンプル」と今季の強さを分析した。


