河田悠希(エディオン)、古川高晴(近大職)、武藤弘樹(トヨタ自動車)の3人が3位決定戦でオランダを破り、銅メダルを獲得した。初出場の河田と武藤を、12年ロンドン個人銀メダリストで五輪5大会連続出場の古川が盛り立てた。ベテランが若手を導き、日本アーチェリー男子団体で史上初のメダルをもたらした。

準決勝の韓国戦に続き、連続のシュートオフ。先行のオランダ1人目が10点、日本の河田が9点。オランダ2人目と古川が共に9点。オランダ3人目が9点、そして最後の武藤が10点。28-28と同点となったが、最も中心に近い矢の差で日本が勝利した。

フォームを修正しながら挑んだ5度目の五輪の舞台。古川は矢を引く時にいかに負担を少なくできるかを念頭に改良を重ねた。体力の衰えを感じたからではない。むしろ「年齢を重ねても体力や筋力は落ちてない。逆に技術面は伸びている」と自信を持っていた。

メンタル面も大会でピークを持っていくため独自の理論を展開。「例えば、10点だと思っていて10点に入れば良いけど、9点狙って10点に入ると考えちゃう。打って自分の感覚と的を射た所が同じなら、調子は良いということです」。気負わず、焦らず、立ち止まらず。好不調の波をベテランならではの経験を下に、コントロールした。

16年リオデジャネイロ大会後、古川は結婚した。新型コロナウイルスの影響で五輪1年延期、さらに昨春の緊急事態宣言では練習拠点も閉鎖になった。自宅で素引きをすることが多くなる中でモチベーションが落ち込んだ時、支えたのは妻だった。「たわいのない話をしてくれたりすることで、僕にとってとてもありがたかった」。以前の取材でそう言って感謝を口にしていた。

栄養士の免許を持つ妻が、健康管理もサポート。好きな食べ物の「ラーメン・ライス」は試合前はなるべく控えるように言われ、食生活を改善。律義に守った。そんな妻との間に今年2月に第1子の男の子を授かった。「まだ生まれたばかりで、何もわからない。成長したときに、お父さんはこういう結果を出したんだと胸を張れるように頑張りたい」と、五輪前には意気込みを語っていた。

公私ともに順調な男子のエースが自身2度目のメダルを獲得。それでも、まだ明日から個人戦が残る。喜ぶのはまだ先だ。

▽近大・山田秀明監督(古川が職員として所属)「決して絶好調とは言えない状態でした。今日の試合でも実力を発揮できていないと感じていましたが、そんな状況でも最年長としてよくチームをまとめ、メダル獲得に貢献したと思います。まだ個人戦があるので、気持ちを新たに、1つでも多く勝って一番上を目指してほしいと思います」

◆古川高晴(ふるかわ・たかはる)1984年(昭59)8月9日、青森市生まれ。青森東高-近大。高校時代に希望していた弓道部がないためアーチェリーを始め、3年時に国体で個人優勝。12年ロンドン五輪個人銀メダル。16年リオデジャネイロ五輪後、結婚。今年2月に妻との間に第1子を設けた。

◆武藤弘樹(むとう・ひろき) 1997年(平9)6月26日、愛知県あま市生まれ。東海中でアーチェリーを始め、14年南京ユース五輪で6位。18年ジャカルタ・アジア大会、19年世界選手権に出場。18年W杯第1、2戦で男子団体銀メダル。慶大-トヨタ自動車。175センチ、76キロ。

◆河田悠希(かわた・ゆうき) 1997年(平9)6月16日、広島県廿日市市生まれ。小学生でアーチェリーを始め、中3の国体で少年男子優勝。広島・佐伯高2年の14年に全日本選手権で最年少優勝。19年の全日本選手権で2度目の優勝。日体大-エディオン。178センチ、79キロ。