女子1万メートルの日本記録保持者、新谷仁美(33=積水化学)は、32分23秒87秒で21位だった。

新谷は走り終えると、4方向に深々とお辞儀をした。スタート直後こそ果敢に先行する広中についたが、早々と後退。自身が持つ30分20秒44の日本記録から大きく、2分以上も遅れた。「結果を出さないといけないと言いながら、結果を出せなかったのは私の弱さ」と号泣した。

新型コロナ感染拡大で、開催可否が問われていた春。心は大きく揺れていた。アスリートとして出場したい気持ちと、1人の国民として開催に慎重な思いが同居。「応援してくれる人も、そうじゃない人の声も無視はできない。受け止めて走る責任がある」。反対する声も真っ向から受け止める覚悟ゆえ、心を保つのが難しくなっていた。辞退しようか-。本気で悩み所属先やスポンサーにも相談。電話で涙声で吐露した。

「私が五輪に出なかったら、困りますか?」

五輪は世界最高の舞台。しかし、サポートしてくれる仲間はみな「困らない」。横田コーチも「新谷の決断を尊重する」と強調してくれた。辞退すれば、他選手の立場が悪くなるかもしれない。そうも考え、スタートラインに立つと決めた。「ただただ力不足」と言い訳は全くしなかったが、メンタル的には難しい状況に追い込まれていた。

開催に否定的だった人も含め、無数の思いを感じながら駆け抜けた。レース後に4度も丁寧に頭を下げた。その姿は深い葛藤を抱え続けてきたことを物語っていた。【上田悠太】