新春の風物詩(正月開幕でなくなって久しいが)、全国高校サッカー選手権が28日に開幕する。101回目となる今回、かつての師弟が形を変えて選手権の舞台に立つ。山梨学院を率いる横森巧総監督と羽中田昌監督。オールドファンなら、この名前を聞けばもうお分かりだろう。
■5年連続で冬の全国4強入り
1979年(昭54)~83年(昭58)度に、5年連続でベスト4(準優勝3回)に進出したのが韮崎(山梨)だった。この「5年連続4強進出」は戦後、韮崎と国見(長崎)の2校にしかない偉業である。その「黄金期」にあった韮崎を率いていたのが横森さんであり、当時1年生から中心選手として活躍したのが羽中田さんだった。
横森さんは教員を定年後、山梨学院に招聘(しょうへい)されてサッカー部強化に着手した。監督として09年度の全国選手権に初出場し、決勝で青森山田を下して初優勝した。韮崎時代につかめなかった冬の日本一を手にした(ちなみに夏は1975年=昭50=の山梨インターハイで優勝している)。
■初戦は優勝候補・神村学園戦
一方の羽中田さんは、高校卒業後の交通事故で半身不随となったが、スペイン留学を経てサッカー指導者となり、06年に日本サッカー界初の車いすでのS級ライセンス取得者となった。カマタマーレ讃岐、奈良クラブ、東京23FC、ブリオベッカ浦安で監督を務め、今年の春に山梨学院の監督に就任し、1年目。06年度に暁星高(東京)のコーチとして全国選手権に参加しているが、監督として迎えるのは初めてだ。
12月半ば、日が暮れて寒風吹きすさぶ山梨学院のグラウンドに、2人の姿があった。大会を目前に控え、練習にも熱が入る時期だが、こちらの姿に気付くと、羽中田さんは選手たちへの視線を外し、こちらに近づいてきた。
「監督として初めて迎える選手権ですね、高ぶる思いがあるんじゃないですか?」
そう問うと、いつもの屈託のない表情で「全然、そんなのないですよ」。昔から変わらず、気負いや衒(てら)いがない。人一倍、波乱に満ちた人生を歩んできたからゆえの諦観がある。「あきらめ」ではなく、「物事の本質を見極めている」という意味である。
2年前に2度目の選手権制覇を果たした名門・山梨学院だが、初戦(31日、等々力)の相手は優勝候補・神村学園(鹿児島)だ。FWの福田師王選手は卒業後にドイツの古豪ボルシアMGに加入する。そんなスーパーエースが相手となるが、「FWだけでなく、中盤にもDFにも素晴らしい選手がそろっている。本当に強いチームですよ」。
ただ、そう言った後に「でも高校生ですから。やってみないと(結果は)分からないですよ」とも。強豪相手にチャレンジできる喜びが見て取れた。
■今も指導する「バケモノ」
58歳になる羽中田さんを支えるのが、高校時代からの恩師の横森さん、御年80歳。矍鑠(かくしゃく)とこの日もグラウンドに立ち、何か気付いたことがあれば選手に近寄っては声をかける。正確なデータこそないが、高校サッカーの指導者としては国内史上最高齢ではなかろうか。
そんな姿に、羽中田さんも「80だよ、バケモノですよ」と舌を巻く。もはやレジェンドという言葉では説明できず、サッカーオバケというしかない。実際、背筋がピンと伸び、スタスタと歩く姿はとても80歳には見えない。
横森さんは「もう先は短いし、これから先、旅行に行ってなんとか神社に行ったというより、こういう選手を育てたというのを見ている方が楽しい。最後におもしろかったね、というのが一番です。家族の理解があったから良かった」。そう言って、柔和な笑みを浮かべた。
韮崎高時代は鬼となって選手をしごいた。こんなエピソードが残る。静岡遠征。惨敗した試合後、宿舎まで10キロの道のりを走って帰るように命じた。よくある罰走。試合でくたくたになった体には堪えた。「何だよ、あの鬼監督は」。口々に選手たちは吐き捨てた。
旅館にたどり着き、休んでいると仲間の声が飛んだ。「おーい、監督が戻ってきたぞ」。その言葉の先には、汗だくになった横森さんが立っていたという。選手を走らせた後、自らも後を追うように走っていた。あらためて当時のことを聞くと、「ストレスの発散ですよ。汗をかくと気持ちいいですから」と言って笑った。
この監督だったからこそ、当時の韮崎は強かったのだろうと思う。あのグラウンドに立ったものなら分かるだろう。冬の八ケ岳おろしが体を突き刺す中、校訓ともなる百折不撓(ひゃくせつふとう)の精神が磨かれる。豊富な運動量と粘り強く最後まで戦い抜くサッカーで、韮崎の名を全国にとどろかせた。
■クロアチアの組織力に共感
くしくも今月まで行われたFIFAワールドカップ(W杯)カタール大会で、横森さんが注目したのがクロアチア。人口約410万人の小国が、ブラジルなどの大国を次々と打ち破った。その一致団結した攻守、けれん味のないサッカーで勝負強さを発揮した。
「堅実な1人1人のプレーは称賛に値する。ブラジルは美を感じ、美を求める。でもクロアチアはゴールを目指す、守る時の必死さ。全員で必死にボールを動かしていくのは、すごいなと思いながら見ていました。組織力のすごさ。あれが日本の目指すところだと思う。光りましたね」
その言葉は、どこか自分たちのサッカーに重ねているようだった。
今回の選手権には総監督、監督という立場でそろってベンチ入りする。くしくも40年もの時空を超え、韮崎の名将と天才FWと呼ばれた男がタッグを組む。101回という歴史と伝統がある高校サッカーだからこそ、生み出された奇跡的な邂逅(かいこう)。勝負の行方はもちろんだが、そこに2人は何を感じるのか。オールドファンには興味が尽きない。
【佐藤隆志】