東京箱根間往復大学駅伝には「箱根から世界へ」の思いが原点にある。連載「箱根半端ないって」の第2回は20年東京オリンピック(五輪)を目指す男たち。16年リオデジャネイロ五輪男子3000メートル障害代表で8月のジャカルタ・アジア大会同種目銅メダルの塩尻和也(4年=順大)、同大会男子1500メートル代表の館沢亨次(3年=東海大)。チームの核として箱根路を走る覚悟、その先に見える大舞台の思いを聞いた。

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今大会、唯一のオリンピアンは言う。「日の丸を背負ったからということではないが、ニュースや記事だとかで試合で誰かに負けると『塩尻和也に勝った』みたいに書かれることが多いので、そういうところを見ると、簡単には負けたくない」。穏やかな笑みの中に静かに闘志を燃やす。

エースがそろう2区に4年連続での起用が濃厚。「残り3キロの坂」を勝負のポイントに上げる。国際大会経験豊富な男は、箱根の位置付けをこう語る。「チームでの勝負になること。駅伝というよりは箱根という種目という面が強い」。大学生活の集大成。そして個人種目とは違い、毎日、寝食をともにした仲間の思いを強く背負う。「どんな種目でも出るからには勝ちたい。自分がしっかり走った結果でチームに貢献できる」と話す。前回は区間10位に沈んだが、失敗を繰り返すわけにはいかない。

卒業後は富士通へ。「3000メートル障害が一番近いとは思うが、こだわらず、自分が自信を持って出られる種目で狙いたい」とトラックでの五輪を目指す。

ジャカルタ・アジア大会1500メートル9位だった館沢は初めての日の丸を背負い、重圧を肌で感じた。「経験しないと分からないプレッシャーの違いも分かった」。日本では人気が高くない1500メートルの価値観を動かしたいと考える。「アジア大会も5000、1万メートルはテレビ放送があるのに1500メートルはなかった。結果を出さないとメディアにも取り上げてもらえないんですよね」と笑う。

距離はマルチに対応できる。「駅伝のために大学にきたので、諦めるわけにはいかない。駅伝でハイペースになった時、対応できるようになったのは1500をやったおかげ。20キロを走れるくらいの体力もついている」とうなずく。前回は21・4キロの8区区間2位。さらなる進化を示したい。

ただ、あくまで勝負するのは1500メートル。「東京で初出場を経験して、次のパリ五輪でそれ以上の成績を残す。毎回、五輪と世界陸上に出たい」と青写真を描く。箱根を世界への弾みとする。【戸田月菜】