女子1500メートルで日本人初となる東京五輪8位入賞を果たした田中希実(22=豊田自動織機)が、2年ぶりの2冠に輝いた。

800メートル決勝で2位に入り、その75分後の5000メートルでは広中璃梨佳(日本郵政グループ)をラストスパートで突き放し、15分5秒61で優勝。参加標準記録を切った上で3位以内に入り、9日の1500メートルに続き世界選手権(7月15日開幕、米オレゴン州)に複数種目での内定を決めた。田中を含め9種目11人が内定した。男子やり投げでは、ディーン元気(30=ミズノ)が10年ぶりの優勝を飾った。

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午後4時20分からの800メートル。西日に駆けた8人のランナーで次を考えていたのは田中だけだった。「5000につながるラストスパートを意識した」。残り200メートルで、前をいく塩見に「追いつける差ではない」と冷静に末脚を抑えた。0秒27差の2位も「(気持ちで)逃げずに完遂できた」。その納得感が75分後、午後5時35分からの5000メートルへ気持ちを向けた。

乳酸がたまった脚は段差がない通路でつまずきそうになるほど。ただ問題は精神面だった。「向き合う時間が長すぎたら、重圧に押しつぶされそうになってしまう」。昨年も1日決勝2本を挑戦したが間隔は60分。長くなり逆に不安があった。結果、体の回復、緊張し始めない「ギリギリで」スタートを迎えていた。

追ったのは広中だった。東京五輪1万メートル7位入賞の実力者に対し「後ろから彼女の絶対的な自信を感じ取れて。私も自信を持ってぶつかっていかないと申し訳ない」。落ち着いた走りから、残り1周でギアを切り替えた。後続を一気に突き放す。暗がり始め、ライトがつく中でゴールへ駆け抜けた。「案外、余裕を持っていたので、800を走っても走ってなくても同じだったかな」と表情ひとつ変えずに言った。

大会前は自信を失っていた。今春の米国遠征で苦しみ、「恐怖」もあった。5000メートルで内定済みだった昨年とは違い、3位以内が必要な重圧に苦しんだ。宿舎で葛藤し、自分を見つめた。「つべこべ言ってられない状況で、やっと火事場のばか力が出せる」と乗り越えた。

精神面に負荷をかけた4日間5レースを終えた。「すごくきついが、海外のプロ選手はそういう日々を送っているんじゃないか。覚悟が必要な域になってきている」。その猛者と争う世界選手権。1500メートルと5000メートルに加え、800メートルでもランキングで出場権を得る可能性を残している。

レース後、取材エリアで差し出された椅子を「大丈夫です」と断った。立ち続けた姿は、さっそく覚悟を感じさせた。【阿部健吾】

◆田中希実(たなか・のぞみ)1999年(平11)9月4日、兵庫・小野市生まれ。小野南中3年時に全国中学校大会1500メートルで優勝。西脇工高では全国高校駅伝に3年連続出場。同大1年の18年U-20(20歳未満)世界選手権で3000メートル優勝。19年世界選手権5000メートル14位。東京五輪では1500メートルで8位入賞、5000メートルは予選敗退。22年4月から豊田自動織機に入社。趣味は読書。153センチ。