森会長の辞意表明は、女性蔑視発言が発端だった。当初、大会関係者は謝罪すれば事態は収束すると甘く考えていたが、怒りの声は日増しに強まった。世論調査で8割超が今夏の開催に反対する中、国民の声に誠実に耳を傾けることもせず、開催ありきで準備を進めてきた。問題発言の前から深まっていた民意との溝が、火種をさらに大きく燃え上がらせたように思う。

その後の対応も、火に油を注いだ。「共生社会と調和」を掲げる平和の祭典の顔ともいえる人物の女性蔑視発言は、撤回して済むほど軽くない。しかし、森会長の周囲から進退を問う声は上がらなかった。浮かび上がったのは、男社会をよしとするリーダーと、主人の顔色を気にしてだんまりを決め込む幹部たち。その事なかれ主義の古い体質にも、多くの国民がレッドカードを突きつけた。

辞退するボランティアが続出したことに、自民党の二階幹事長は「お辞めになりたいということだったら、新たなボランティアを募集、追加せざるを得ない」と発言し、小池都知事は今月予定されていた4者会談への欠席を表明。五輪が政治的な思惑と強く絡み合っていることもあらわになった。夢と希望といった五輪のイメージが、失望と反感に変わる。そんな強い危機感を覚えた。

後任は川淵三郎氏で調整しているという。周囲の猛反対を押し切ってJリーグを創設させ、分裂していたバスケットボール界を一つにまとめてBリーグを立ち上げた手腕には希望の光を感じる。何より政財界出身ではない、五輪出場経験もあるスポーツ界の代表だ。02年日韓W杯では組織委の官僚らと、熱い激論を繰り広げていたのを思い出す。

一方で84歳の剛腕に再び頼らざるを得ないという事実は、強いリーダーシップを発揮できる若い人材が育っていないことも示唆している。政治家に頼り切ってきたスポーツ界の責任も大きい。会長が交代しても、コロナ禍で開催が危うい状況に変わりないし、依然として大多数の国民が不安を感じている。なぜ開催するのか、どうすれば安全に開催できるのか、新体制には開催ありきではなく、国民に寄り添った本質の議論から始めてほしい。【首藤正徳】(敬称略)(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「スポーツ百景」)

自宅前で取材に応じる川淵三郎氏(撮影・鈴木みどり)
自宅前で取材に応じる川淵三郎氏(撮影・鈴木みどり)