フリーで華麗な滑りを見せる宮原(2019年3月22日撮影)
フリーで華麗な滑りを見せる宮原(2019年3月22日撮影)

数年前、わざわざガッツポーズの練習をしていたスケーターが、ごく自然に左拳を頭上で力強く振った。

3月22日、超満員のさいたまスーパーアリーナ。過去に銀メダルも獲得したフィギュアスケート世界選手権で、宮原知子(20=関大)は6位にとどまった。それでもフリーの演技直後に、ガッツポーズは飛び出した。21歳を迎える26日の誕生日を前に「(結果は)悔しいけれど、やりたかったことはしっかりできた。次のシーズンは違った自分を見せたい」と言い切った。

今季のフリーはアストル・ピアソラの「インビエルノ・ポルテノ」。当たり前のようにスピン3つ、ステップで最高のレベル4を取ってきた宮原だったが、難しいタンゴには人知れず格闘した。シーズン序盤の国際大会はグランプリ(GP)シリーズ第1戦スケートアメリカ、第4戦NHK杯、そしてシリーズ上位6人が出るGPファイナルの全てでステップのレベルが3。その改良は年明けの優先課題だった。

フリーを担当するトム・ディクソン氏には、ジュニアに移った11-12年シーズンから8シーズン続けて振り付けを依頼してきた。「全身をもっと使って、レベル4を取りたい」。その要望にディクソン氏は当初、首を横に振ったという。

「アルゼンチンタンゴは上半身をあまり使わない」

ディクソン氏の情熱やこだわり、競技者との立場の違いを深く理解しながらも、折れずにレベル4にこだわる思いを伝えた。気心知れた仲のため、互いの意向に沿いながらステップは磨き上げられた。今季の集大成となった世界選手権ではもちろんレベル4。細かな表現までこだわり抜き、1つの作品として見る者へと伝える。その繰り返しで宮原は演技表現の幅を、多ジャンルの音楽を用いて広げてきた。

宮原を支える関係者はそろって「知子は新しいことをすぐにはできないけれど、コツコツと努力する才能がある」と口にする。昨季は平昌五輪4位。同五輪3位オズモンド(カナダ)が不在だった世界選手権で6位の結果は、数字だけ見れば後退かもしれない。だが、周囲から見ればもがいたように映る1年を、最も近い距離で見つめた浜田美栄コーチはこう言っていた。

「やっぱり今まで『安定』って言われていたけれど、『安定』っていうのは『進歩していない』ということにつながる言葉でもあるので、今はちょっと不安定な部分も出てきているけれど『いい失敗をしなさい』と言っています。『ちゃんとしなきゃ』っていう気持ちが強い子なので『はっきり分かる失敗をしなさい』って言っています」

GPファイナルでは6人中6位。全日本選手権では5連覇を逃した。その度に母裕子さんに話を伺うと「ビックリするぐらい元気ですよ」と教えてくれた。演技構成点の5項目中3項目が10点満点の7点台と珍しく低かった、ババリアン・オープン(19年2月)から帰国した伊丹空港でも「試合によって点数の出方は違うので『ここはこういう感じなんだ』って、あまり深くは考えなかったです」と宮原は笑った。周囲の心配以上に本人は前を、そして近い将来を見つめている。

今大会ではエリザベート・トゥルシンバエワ(19=カザフスタン)が4回転サルコーを決め、今後は高難度ジャンプの必要性がより高まることも考えられる。

シーズン中から少しずつトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)習得に取り組んでいる宮原は「前よりもアクセルは惜しくなっている」と手応えを口にする。同じ浜田コーチの下には3回転半ジャンパーの16歳、紀平梨花がおり、大技の必要性を「やっぱり意識しないって言われるとうそにはなる」と言った2月。その上で発した言葉に、宮原の姿勢はにじみ出ていた。

「やっぱり人と自分とでタイミングとか、感覚も違う。最後は自分でいいタイミングを見つけないといけないと思っているので、人のマネというよりは、自分で探しながらやっている感じです」

浜田コーチは教え子の3回転半挑戦をこう見守る。

「自分がやろうと思わないとできないので『跳びたかったらやりなさい』ということですよね。踏み切る瞬間に迷ったり、怖がったら、絶対に跳べないので。自分が跳ぼうと思って跳ばないと無理なので」

タンゴのステップに、トリプルアクセル。挑戦のハードルに大小の違いはあるが、共通するのは自らの気持ちが前向きなことだ。「安定」と言われてきた自分からの“脱皮”は道半ば。それでも宮原にはかけがえのない武器がある。歩幅こそ小さくても、2歩目、3歩目を踏み出し続ける、強さがある。【松本航】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。武庫荘総合高、大体大とラグビー部に所属。13年10月に日刊スポーツ大阪本社へ入社し、プロ野球阪神担当。15年11月から西日本の五輪競技やラグビーを担当し、平昌五輪ではフィギュアスケートとショートトラックを中心に取材。

練習前に笑顔を見せる宮原(2019年3月22日撮影)
練習前に笑顔を見せる宮原(2019年3月22日撮影)