高梨沙羅(24=クラレ)が合計239・2点で今季3勝目を挙げた。1回目92メートルを飛び首位に立つと、2回目はヒルサイズ越えの99メートルの大ジャンプを見せ、歴代最多の通算勝利数を60に伸ばした。

12年3月3日の初勝利から節目の勝利を写真で振り返る。

 

◆1勝=2012年3月3日・蔵王 日本女子初優勝

W杯初優勝を飾った高梨(中央)は表彰台で笑顔を見せる。左は2位ヘンドリクソン、右は3位グレスラー(12年3月3日)(撮影・井上学)
W杯初優勝を飾った高梨(中央)は表彰台で笑顔を見せる。左は2位ヘンドリクソン、右は3位グレスラー(12年3月3日)(撮影・井上学)

日本の「SARA」がついに世界の頂点に立った。15歳4カ月の高梨沙羅(北海道・上川中)が、スキー競技のW杯で男女を通じ日本人史上最年少で優勝した。2連戦の初戦となった個人第10戦は僅差で2位に敗れたが、続く同第11戦の1回目に男子のジャンプ台記録に並ぶ102・5メートルの大飛躍。2回目が助走路の状態不良で中止になり初勝利をつかんだ。高梨は男子を含めてW杯ジャンプの最年少優勝者ともなった。14年ソチ五輪の金メダル有力候補に堂々、名乗りを上げた。


◆5勝=2013年1月13日・ヒンターツァルテン


◆9勝=2013年2月17日・リュブノ 個人総合優勝決定

ソチ五輪金メダル候補のエース高梨沙羅(16=グレースマウンテン・インターナショナル)が、W杯個人総合優勝の快挙を成し遂げた。1回目89・5メートルと、この回最長でトップに立つと、2回目も最長不倒の92メートルで合計266・9点。4連勝で今季8勝目(通算9勝目)を挙げた。個人総合得点で2位のサラ・ヘンドリクソン(米国)に290点差をつけ、2戦を残して決めた。日本勢のW杯個人総合優勝は荻原健司(ノルディック複合)に続き2人目。国際スキー連盟によると高梨の16歳4カ月での達成は、ジャンプ男子のトニ・ニエミネン(フィンランド)の16歳9カ月を抜いてスキーW杯史上最年少優勝となった。


◆10勝=2013年12月7日・リレハンメル

高梨沙羅(中央)(2013年12月7日、ロイター)
高梨沙羅(中央)(2013年12月7日、ロイター)

◆14勝=2014年1月11日・札幌 女子勝利数単独1位に

女子単独最多となる14勝目を挙げ笑顔を見せる高梨(左)。右は3位アバクモワ(14年1月11日)(撮影・井上学)
女子単独最多となる14勝目を挙げ笑顔を見せる高梨(左)。右は3位アバクモワ(14年1月11日)(撮影・井上学)

あと1カ月に迫ったソチ五輪(2月7日開幕)代表の高梨沙羅(17=クラレ)が2回合計254・5点で優勝し、女子単独最多となる14勝目を挙げた。1回目に99メートルで首位に立ち、2回目も94・5メートル。進化を続け、ライバルで尊敬するサラ・ヘンドリクソン(米国)超えを地元開催で達成し、大舞台での金メダルが現実味を帯びてきた。同じ五輪代表の伊藤有希(土屋ホーム)は自己最高の4位に入った。


◆15勝=2014年1月12日・札幌

2連勝で15勝目を挙げた高梨は、日の丸を背にファンに向かって手を振る(14年1月12日)(撮影・井上学)
2連勝で15勝目を挙げた高梨は、日の丸を背にファンに向かって手を振る(14年1月12日)(撮影・井上学)

◆17勝=2014年1月19日・蔵王 日本人勝利数単独1位に

優勝した高梨はファンとハイタッチをしながら引き揚げる(14年1月19日)(撮影・井上学)
優勝した高梨はファンとハイタッチをしながら引き揚げる(14年1月19日)(撮影・井上学)

◆19勝=2014年2月2日・ヒンツェンバッハ 女子ジャンプシーズン勝利数記録更新


◆20勝=2014年3月1日・ルシュノブ 2度目の総合優勝

ソチ五輪代表の高梨沙羅(17=クラレ)が、2回合計252・0点で優勝し、2季連続のW杯個人総合女王に輝いた。五輪後、初の大会で1回目に100・5メートルで1位につけ、2回目は99メートル。今季11勝目で通算でも20勝とし、複合の荻原健司氏を抜き、スキー競技のW杯日本人最多勝の記録も更新。ソチ五輪個人ノーマルヒルで4位だった悔しさを晴らした。3位には伊藤有希(土屋ホーム)が入った。


◆24勝=2014年3月22日・プラニツァ 史上初7連勝 1シーズン最多15勝

高梨沙羅(2014年3月22日、ロイター)
高梨沙羅(2014年3月22日、ロイター)

ノルディックスキーのW杯ジャンプ女子は22日、スロベニアのプラニツァで個人最終戦(HS139メートル、K点125メートル)が行われ、既に個人総合2連覇を決めていた高梨沙羅(17=クラレ)が135メートル、132・5メートルの合計271・6点で7連勝した。今季18戦中15戦で優勝し、通算勝利数を24に伸ばした。伊藤有希(土屋ホーム)は今季5度目の表彰台となる2位で個人総合3位。今季の個人戦で30位以内に入った各選手と、混合団体1試合のW杯得点を合計した女子の国別対抗も日本が制した。


◆25勝=2015年1月10日・札幌

高梨は今季初優勝を果たし優勝カップを掲げる(15年1月10日)(撮影・井上学)
高梨は今季初優勝を果たし優勝カップを掲げる(15年1月10日)(撮影・井上学)
逆転優勝を果たし笑顔でカップと花束を持つ高梨(15年1月11日)(撮影・井上学)
逆転優勝を果たし笑顔でカップと花束を持つ高梨(15年1月11日)(撮影・井上学)

女王・高梨沙羅(18=クラレ)が定位置に戻ってきた。1回目に97メートルでトップに立ち、2回目は最長不倒となる98メートルを飛び、2回合計249・9点で今季初勝利を挙げた。国内開催7連勝を達成し、自身の持つ女子最多通算勝利も25に伸ばした。初戦は3位だったが、圧倒的な強さを見せ、地元からいよいよ上昇気流に乗る。1回目24位だった伊藤有希(土屋ホーム)は15位。


◆26勝=2015年1月11日・札幌

2本目のジャンプをする伊藤(撮影・山崎安昭)
2本目のジャンプをする伊藤(撮影・山崎安昭)

高梨沙羅(18=クラレ)が、2回合計236・3点で優勝し、10日の第2戦に続く2連勝を飾った。1回目87メートルの7位から、2回目に最長不倒となる97メートルを飛び逆転勝ち。通算26勝目を挙げて、3連覇を狙う個人総合の単独トップに立った。全日本スキー連盟(SAJ)の方針に従い、W杯と一部日程が重なる世界ジュニア選手権(2月1日開幕、カザフスタン)の出場を辞退することを決めているが、SAJが方針転換する、わずかな可能性を信じ、個人戦への出場を懇願した。


◆30勝=2015年3月13日・オスロ 個人総合3連覇逃す

高梨沙羅(2015年3月13日、ロイター)
高梨沙羅(2015年3月13日、ロイター)

高梨沙羅(18=クラレ)がW杯個人総合3連覇を逃した。128メートル、127メートルの263・8点で4連勝、今季6勝目で通算勝利数を30とした。だが、シーズンを通して好不調の波が大きく、個人総合は2位に終わった。5位のダニエラ・イラシュコ(オーストリア)が初の総合優勝。世界選手権銀メダルの伊藤有希(土屋ホーム)は7位だった。


◆35勝=2016年1月22日・蔵王

逆転優勝を果たした高梨(左)はフィギュアスケート元世界女王の安藤美姫さんの祝福に笑顔(15年1月11日)(撮影・井上学)
逆転優勝を果たした高梨(左)はフィギュアスケート元世界女王の安藤美姫さんの祝福に笑顔(15年1月11日)(撮影・井上学)

個人総合首位に立つ高梨沙羅(19=クラレ)が、143・4点で4連勝を果たした。悪天候で3度もスタートをやり直したが、集中力は途切れず、1回目に女子のノーマルヒル(NH)国内公式戦では史上最長の106メートルをマーク。2回目がキャンセルとなり、今季5勝目、通算35勝目を挙げた。1日から所属先が同ジャンプ台の命名権(ネーミングライツ)を取得。今季、ランディングバーン(着地部分)が改修されるなど難易度が上がったが、苦もなく攻略した。


◆39勝=2016年2月4日・オスロ 史上初の8連勝

高梨沙羅(2016年2月4日、ロイター)
高梨沙羅(2016年2月4日、ロイター)

日本のエース高梨沙羅(19=クラレ)が合計305・8点で優勝し、自己最多の8連勝で今季9勝目、通算39勝目を挙げた。今季唯一のラージヒルで1回目に最長不倒の137・5メートル、2回目も136メートルで圧勝。13〜14年シーズンにマークした7連勝の自己記録を更新した。マーレン・ルンビー(ノルウェー)が285・1点で2位。伊藤有希(土屋ホーム)は7位、勢藤優花(北海道メディカルスポーツ専門学校)は12位、岩渕香里(松本大)は15位だった。


◆40勝=2016年2月6日・ヒンツェンバッハ 史上初の9連勝

高梨沙羅(19=クラレ)が合計257・2点で今季10勝目、通算40勝目を挙げた。連勝も9に伸ばし、自己最多を更新。W杯通算40勝は、ジャンプ種目の男女通じて単独3位となった。1回目に最長不倒の93・5メートルで首位につけ、2回目も93メートルで圧倒した。ダニエラ・イラシュコ(オーストリア)が238・9点で2位。勢藤優花(北海道メディカルスポーツ専門学校)が15位、伊藤有希(土屋ホーム)が20位、岩渕香里(松本大)は34位で2回目に進めなかった。


◆42勝=2016年2月19日・ラハティ 3度目の総合優勝

高梨沙羅(2016年2月19日、ロイター)
高梨沙羅(2016年2月19日、ロイター)

高梨沙羅(19=クラレ)が女王の座を奪回した。1回目に96・5メートルでトップに立ち、2回目も最長不倒99・5メートルをマークして合計251・3点で3戦ぶりの今季12勝目。W杯得点を1410点に伸ばし、2位イラシュコ(オーストリア)に431点差をつけて、4戦を残して2季ぶり3度目の個人総合優勝を決めた。18年平昌五輪に向けジャンプを一から作り直し、自己新記録の10連勝をマークするなど圧倒的な強さを発揮した。


◆45勝=2016年12月2日・リレハンメル


高梨沙羅(2016年12月2日、ロイター)
高梨沙羅(2016年12月2日、ロイター)

2季連続で開幕戦を制した高梨沙羅(20=クラレ)が、1回目95・5メートル、2回目も最長不倒の98・0メートルを飛び、2回合計268・1点で開幕2連勝を飾った。W杯通算46勝目で「鳥人」マッチ・ニッカネン(フィンランド)に並んだ。伊藤有希(22=土屋ホーム)が2位に入り、日本勢が開幕2戦連続でダブル表彰台となった。


◆49勝=2017年1月8日・オーベルストドルフ


◆50勝=2017年1月29日・ルーマニア・ルシュノブ

高梨沙羅(20=クラレ)が1回目は96・0メートルの120点で2位、2回目は97・5メートル、127・3点の合計247・3点で優勝した。1月8日のオーベルストドルフ大会(ドイツ)以来の優勝で50勝を決めた。


◆52勝=2017年2月15日・平昌 4度目の総合優勝

女子の高梨沙羅(20=クラレ)が、2季連続4度目のW杯個人総合優勝を決めた。1回目に97・5メートルで首位に立ち、2回目は94メートルにとどまって優勝した伊藤有希(土屋ホーム)に逆転を許したが、合計224・9点で2位に入り、2試合を残して確定した。4度目の総合優勝は、複合で3度頂点に立った荻原健司を抜いてスキーの日本勢単独最多。


◆53勝=2017年2月16日・平昌 歴代最多タイ

W杯53勝目を挙げた高梨は日の丸を掲げて笑顔を見せる(撮影・山崎安昭)
W杯53勝目を挙げた高梨は日の丸を掲げて笑顔を見せる(撮影・山崎安昭)
W杯53勝目を挙げた高梨(中央)は2位伊藤(左)、3位ルンビュと記念撮影(撮影・山崎安昭)
W杯53勝目を挙げた高梨(中央)は2位伊藤(左)、3位ルンビュと記念撮影(撮影・山崎安昭)

女子の高梨沙羅(20=クラレ)がW杯通算53勝目を挙げ、男子のグレゴア・シュリーレンツァウアー(オーストリア)が持つジャンプの歴代最多記録に並んだ。99・5メートル、97メートルの合計215・1点で1回目の2位から逆転し、今季9勝目。計6シーズン、出場89試合目で大記録に到達し、18年平昌五輪の舞台で金メダル獲得に弾みをつけた。


◆54勝=2018年3月24日・オーベルストドルフ 歴代単独最多

ノルディックスキーのW杯ジャンプ女子で優勝し、伊藤(左から2人目)らに祝福される高梨(同3人目)。男女を通じて歴代単独最多の通算54勝に到達した(共同)
ノルディックスキーのW杯ジャンプ女子で優勝し、伊藤(左から2人目)らに祝福される高梨(同3人目)。男女を通じて歴代単独最多の通算54勝に到達した(共同)
W杯ジャンプで歴代最多の通算54勝目を挙げ、表彰式で笑顔を見せる高梨(中央)(共同)
W杯ジャンプで歴代最多の通算54勝目を挙げ、表彰式で笑顔を見せる高梨(中央)(共同)
ノルディックスキーのW杯ジャンプで男女を通じて歴代単独最多の通算54勝目を挙げ、両手で「54」をつくる高梨(共同)
ノルディックスキーのW杯ジャンプで男女を通じて歴代単独最多の通算54勝目を挙げ、両手で「54」をつくる高梨(共同)

ピョンチャンオリンピック(平昌冬季五輪)銅メダルの高梨沙羅(クラレ)が、ジャンプの男女を通じて歴代単独最多の通算54勝に到達した。

高梨は1回目に100・5メートルを飛び、117・5点でトップに立つと、2本目は96・5メートル、合計227・1点を記録した。

1回目100・5メートルで首位に立った2回目。浮力を得ると空中をグングン進んでいくと96・5メートルで着地した。今季、何度も後塵(こうじん)を拝してきた平昌五輪で金、銀のルンビ(ノルウェー)、アルトハウス(ドイツ)を寄せ付けず、昨年2月16日に通算53勝目を挙げて以来、15試合ぶりに優勝を射止めた。1年1カ月ぶりに“トンネル”から脱出した。

 今季は勝てない試合が続いたが、11日のオスロ大会(ノルウェー)4位後、オーストリアで合宿を行い軌道修正。最後まで諦めずジャンプを追求し、未開の地に踏み入れた。


◆60勝=2021年2月19日・ルシュノブ

優勝カップを突き出し笑顔を見せる高梨(AP)
優勝カップを突き出し笑顔を見せる高梨(AP)

高梨沙羅(24=クラレ)が合計239・2点で今季3勝目を挙げた。1回目92メートルを飛び首位に立つと、2回目はヒルサイズ越えの99メートルの大ジャンプを見せ、歴代最多の通算勝利数を60に伸ばした。試合後のインタビューでは「よい風が来た。ラッキーでした。平昌五輪後、自分のスタイルをつくり直してきて、ようやく自分の形ができたかな」と話した。