第88回アカデミー賞授賞式は2月28日(日本時間同29日)、米ハリウッドのドルビー・シアターで行われる。ロサンゼルス在住でハリウッド取材経験豊富な千歳香奈子通信員が大胆に賞レースを予想した。
◇ ◇
今年のアカデミー賞は「白すぎるオスカー」と呼ばれ、人種問題をクローズアップした報道一色となっている。2年連続で、演技部門20人全員が白人だったことに非難が集中。スパイク・リー監督が授賞式のボイコットを宣言したのを始め、ウィル・スミスとジェイダ・ピンケット・スミス夫妻もボイコットを表明。SNSで「有色人種は参加をやめるべきか」と、黒人俳優たちにボイコットを呼びかけている。
そんな今年のアカデミー賞は、早い段階から大本命不在と言われ、混戦模様を呈していた。実話を基に社会的に意義のあるテーマを扱った「スポットライト 世紀のスクープ」と、世界金融危機の発端となったサブプライム住宅ローンを題材にした「マネー・ショート 華麗なる大逆転」は、いずれもアカデミー会員の好みにぴったりの作品だ。前哨戦でエンターテイメント作品としては異例の大躍進を遂げたアクション大作「マッドマックス 怒りのデス・ロード」も目が離せない存在。ゴールデン・グローブ賞で3冠に輝いた「レヴェナント 蘇えりし者」も、開拓時代のアメリカを舞台にした重厚な時代物で、作品賞、監督賞、主演男優賞の3冠受賞もありえる。
俳優部門では、レオナルド・ディカプリオが「レヴェナント」で悲願のオスカーを獲得することが確実視されており、主演女優賞も最有力候補のブリ―・ラーソンの受賞が手堅いと予想。助演女優賞は唯一混戦模様だが、今年はあまり大きなサプライズは期待できないかもしれない。
昨年12月18日に世界同時公開されて大ヒット中の「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」は、編集賞、視覚効果賞、作曲賞など5部門にノミネートされている。先日発表された視覚効果協会賞で、長編実写映画の視覚効果賞を含む最多4部門を制したことで、アカデミー賞受賞に大きな弾みとなっている。作曲賞にノミネートされているジョン・ウイリアムズは、今作が記念すべき50回目のノミネート。これまで5回受賞しており、今作での受賞の可能性もありそうだ。
作品賞
予想 | 候補 |
---|---|
◎ | 「レヴェナント 蘇えりし者」 |
○ | 「スポットライト 世紀のスクープ」 |
○ | 「マネー・ショート 華麗なる大逆転」 |
△ | 「マッドマックス 怒りのデス・ロード」 |
今年の賞レースの前半をリードしていたのは、カトリック教会の児童性的虐待を報じたボストン・グローブ紙の記者たちの活躍を描いた実話を基にした「スポットライト 世紀のスクープ」とアクション大作「マッドマックス 怒りのデス・ロード」、そして「キャロル」の3作品。しかし、「キャロル」はアカデミー賞の選考からは漏れてしまった。そんな中、後半になってゴールデン・グローブ賞で作品賞など主要3部門を制して一気に勢いに乗ったのが「レヴェナント 蘇えりし者」だ。
今年の作品賞は、この3作品の三つどもえになりそうな雰囲気だったが、「マネー・ショート 華麗なる大逆転」がアメリカ製作者組合(PGA)賞を受賞したことで流れが変わってきた。PGA賞は過去8年間、オスカーの作品賞と一致ししているというデータもあることから、最後の最後で華麗な大逆転があるかもしれない。
「スポットライト」は、アカデミー賞前哨戦と言われる放送映画批評家協会賞を初め、ボストン映画批評家協会賞、映画俳優組合(SAG)賞の映画賞にあたるアンサンブル演技賞などを受賞。カトリック教会の一大スキャンダルというタブーに切り込み、ピューリッツァー賞に輝いた調査報道チームの軌跡を映画化した作品は、まさにアカデミー会員好みと言える。
一方、まったくノーマークだったアクション大作「マッド・マックス」が、ロサンゼルス映画批評家賞を受賞するなどまさかの躍進劇を繰り広げ、オスカーでも作品賞、監督賞など10部門にノミネート。しかし、アクション大作がアカデミー賞に輝くことは稀で、高齢の会員にどこまで受け入れられるかが鍵となりそうだ。
「レヴェナント」は、昨年のオスカーを受賞したアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督がメガホンをとり、主演男優賞の受賞が期待されるレオナルド・ディカプリオが主演。スタジオも同作を押すために豊富な資金源を使ってキャンペーンをしていることから、インディペンデント映画の「スポットライト」よりも有利と言う見方もある。もし、同作が受賞すれば史上初めて同じ監督の作品が2年連続で作品賞に輝くと言う快挙を成し遂げることになる。
監督賞
予想 | 候補 | 作品 |
---|---|---|
◎ | アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督 | 「レヴェナント 蘇えりし者」 |
○ | ジョージ・ミラー監督 | 「マッドマックス 怒りのデス・ロード」 |
△ | トム・マッカーシー監督 | 「スポットライト 世紀のスクープ」 |
アカデミー賞を占う上で重要な全米監督協会(DGA)賞を受賞したアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督が一歩リードと予想。1948年にDGA賞が設立されて以来、同賞を受賞してアカデミー賞を逃した監督はわずか7名しかおらず、順当ならイニャリトゥ監督が今年もオスカーも手にすることになりそう。しかし、同監督は昨年も「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」でアカデミー賞を受賞していることから、2年連続受賞を避ける動きもあると予想される。そうなると、ロサンゼルス映画批評家協会賞を受賞しているジョージ・ミラー監督の受賞もありえそう。ただし、アクション大作を保守派が多いと言われるアカデミー賞会員が受け入れるかは不透明。そういう意味では、トム・マッカーシー監督が受賞する可能性もなきにしもあらずと言える。
主演男優賞
予想 | 候補 | 作品 |
---|---|---|
◎ | レオナルド・ディカプリオ | 「レヴェナント 蘇えりし者」 |
○ | マイケル・ファスベンダー | 「スティーブ・ジョブズ」 |
△ | マット・デイモン | 「オデッセイ」 |
今年のアカデミー賞で最も注目されているのが、レオナルド・ディカプリオが今度こそオスカーを手にすることができるかどうかという点だ。熊に襲われて瀕死の重傷を負いながらも生還して自分を裏切った仲間に復讐する本作は、真冬の大自然の中、生のバイソンの肝臓を食べるなどまさに体当たりで過酷なロケを行った意欲作。かつて「タイタニック」(97年)が最多14部門にノミネートされ、11部門を受賞しながらも、主演のディカプリオはノミネートすらされず、「ギャング・オブ・ニューヨーク」(02年)では共演者に主演男優賞を取られるなど、これまでことごとくチャンスを逃し、アカデミー会員に嫌われているとまで言われてきた。「ギルバート・グレイプ」(93年)で助演男優賞に初めてノミネートされ、「アビエーター」(04年)「ブラッド・ダイヤモンド」(06年)「ウルフ・オブ・ウォルストリート」(15年)で過去4度ノミネートされながらも無冠だったディカプリオは、米映画組合(SAG)賞も受賞しており、今年は満を持して初のオスカーを受賞することがほぼ確実視されている。
- 主演男優賞候補のレオナルド・ディカプリオ(AP)
主演女優賞
予想 | 候補 | 作品 |
---|---|---|
◎ | ブリ―・ラーソン | 「ルーム」 |
○ | シャーロット・ランプリング | 「さざなみ」 |
△ | シアーシャ・ローナン | 「ブルックリン」 |
今年の主演女優賞は過去何度もノミネートされているケイト・ブランシェットとジェニファー・ローレンスのベテランVS初ノミネートの残り3人の対決。ゴールデン・グローブ賞とSAG賞で主演女優賞に輝いたブリ―・ラーソンが、最有力候補だ。誘拐されレイプされて子供を生み、7年間に渡って密室に監禁された母子が脱出して外の世界に出た後の葛藤を描いた「ルーム」で、小さな部屋に閉じ込められ続けた母親という難しい役どころを熱演し、キャリア最高の演技と称賛されている。次点はロサンゼルス映画批評家賞とボストン映画批評家賞に輝いたシャーロット・ラプリング。続いてニューヨーク映画批評家賞を受賞したシアーシャ・ローナンという順番に。残念ながら今回はベテラン勢の受賞は難しそうだ。
- 主演女優賞候補のブリ―・ラーソン(AP)
助演男優賞
予想 | 候補 | 作品 |
---|---|---|
◎ | シルベスター・スタローン | 「クリード チャンプを継ぐ男」 |
○ | トム・ハーディ | 「レヴェナント 蘇えりし者」 |
△ | マーク・ライランス | 「ブリッジ・オブ・スパイ」 |
実力だけみると誰が受賞してもよさそうな顔ぶれで、混戦が予想される助演男優賞。SAG賞では黒人のイドリス・エルバがサプライズ受賞したが、アカデミー賞ではシルベスター・スタローンを推す声が根強い。1977年に「ロッキー」で主演男優賞と脚本賞にノミネートされて以来、実に39年ぶりのオスカー候補となったスタローンは、ノミネーション発表の場でも名前が呼ばれると拍手が起きたほど。「ロッキー」の成功で一躍スターとなったスタローンだが、アクション俳優のイメージが強く、これまでオスカーとは無縁だった。しかし「ロッキー」で戦ったかつてのライバル、アポロの息子にボクシングを教える「クリード チャンプを継ぐ男」では俳優として高い評価を受け、受賞が確実視されている。
- 助演男優賞候補のシルベスター・スタローン(AP)
助演女優賞
予想 | 候補 | 作品 |
---|---|---|
◎ | アリシア・ヴィキャンデル | 「リリーのすべて」 |
○ | ルーニー・マーラ | 「キャロル」 |
△ | ケイト・ウィンスレット | 「スティーブ・ジョブズ」 |
「コードネーム U.N.C.L.E.」(15年)や「戦場からのラブレター」(14年)などで知られるスウェーデン出身のアリシア・ヴィキャンデルは、SAG賞やロサンゼルス映画批評家賞を受賞しており、一歩リードといったところ。「ドラゴン・タトゥーの女」(11年)で主演女優賞にノミネートされたルーニー・マーラは、同性に恋をした女性の秘めた愛憎を繊細に演じて高い評価を受けている。「キャロル」は前哨戦で評価されながらも作品賞候補から漏れただけに、マーラへの期待が高い。7度目のノミネートとなったケイト・ウィンスレットも、ゴールデン・グローブ賞を受賞して勢いがあるだけに行方が分からない。
- 助演女優賞候補のアリシア・ヴィキャンデル(AP)
アニメーション映画賞
予想 | 候補 |
---|---|
◎ | 「インサイド・ヘッド」 |
○ | 「アノマリサ」 |
△ | 「思い出のマーニー」 |
ダークホースだった「思い出のマーニー」が候補入りし、ジブリ作品が2年連続でノミネートされる快挙となった。もし受賞すれば「千と千尋の神隠し」(01年)以来となる日本作品の受賞となる。アニメーション界のアカデミー賞と言われるアニー賞は、「インサイド・ヘッド」が受賞。ピクサー史上最高傑作とも言われるだけに、アカデミー賞でも最有力候補にあがっている。フエルトでできた2体の人形のラブストーリー「アノマリサ」も高い評価を受けており、こちらも注目だ。
◆千歳香奈子(ちとせ・かなこ) 1992年に渡米。99年6月からロサンゼルスを拠点にハリウッドスターのインタビューや映画情報を取材中。