今、世間はちょっとした「久保くん」フィーバーだ。東京ユース所属のU-16(16歳以下)日本代表MF久保建英(たけふさ、15)が5日、J3長野戦で東京U-23の一員として史上最年少の15歳5カ月1日でJリーグデビューした。堂々としたプレー、取材の受け答えはとても中3とは思えない。私たちに夢を見させてくれるような、わくわくさせてくれるような、そんな存在が出てきた。
そして、関西が生んだ「久保くん」にも注目が集まっている。日本代表FW久保裕也(22=ヤングボーイズ)が11日のオマーン戦でA代表デビューを飾った。山口市で生まれ育ち、高校からは京都ユースに所属。ザッケローニ監督時代、高3で日本代表に初招集されるなど、若い頃から能力を発揮していた元祖「久保くん」だ。
記憶に新しいのが、夏の騒動だろう。8月、リオデジャネイロ五輪に所属チームの意向により出場できなかった。1月にあったリオ五輪のアジア最終予選となったU-23アジア選手権ではエースとして優勝に貢献。しかし、リオ五輪前の5月には、右膝痛を発症していた。「五輪に全てを懸ける。五輪に出場するため」と、手術を回避しリハビリに励んでいたが、自分の思いとリオ五輪代表手倉森監督の思いは実らず、本大会に出られなかった。
19歳でスイスに渡って、世界大会に出場することを目標にしてきた。海外の生活は壁の連続。まず最初にぶつかった壁はコミュニケーションの問題だった。「最初は、言葉が分からないつらさというより、表現の問題に戸惑った。何も怒っていないのに、ただ静かにしていたら『何を怒ってるんだ』と責められた。『あ、とにかく何でもいいから話し続けないとダメなんだ』と気付かされた」という。
もともと、シャイなタイプ。自分の気持ちを表現するのは苦手だった。「でも、自分が感じた2倍も3倍も大げさに表情と言葉で表現するようにした。日本に帰ったら明るくなったって言われるようになりましたよ」。ドイツ語も家庭教師をつけて勉強を重ねた。食事も自ら台所に立つ。苦手なことに果敢に挑戦し、真っすぐにサッカーに向き合ってきたのは夢のためだった。
久保裕は「いつかセリエAへ行きたい」という確固たる目標を持っている。リオ五輪で活躍して、世界へアピールすることはできなかった。それでも、所属クラブで結果を出し続け再び日本代表に上り詰めた。
リオ五輪前、日本でリハビリ中だった久保裕を取材した時、五輪に対する並々ならぬ覚悟を聞いた。夢に対するブレない思いも聞いた。だからこそ、代表で必ず結果を出して、自分の手で夢をつかみ取って欲しい。【小杉舞】
◆小杉舞(こすぎ・まい)1990年(平2)6月21日、奈良市生まれ。大阪教育大を卒業し、14年に大阪本社に入社。1年目の同年11月から西日本サッカー担当。今季の担当はG大阪など関西圏クラブ。甲子園球場での売り子時代に培った体力は自信あり。



