東洋大の「新・山の神」、柏原竜二(3年)の、3度目の箱根駅伝が約半月後に迫った。最長区間の山登り5区(23・4キロ)を、2年続けて驚異的な区間新記録で駆け上がった。その勢いは、そのままチームの2連覇につながった。今回はライバル校も5区にエース級を投入してくる。柏原の心も高ぶっている。

 柏原

 ここにきて本当に体調が良くなった。ワクワクしているというか、高ぶっている。早く箱根を走りたい。走り込みができているし、足も不安がない。後半の粘りも自信がある。区間新は天候条件もあるけど、近いタイムで絶対に走りたい。

 09年の箱根デビューは衝撃的だった。標高差約864メートルの難所を前半から飛ばした。「山の神」と呼ばれた今井正人(順大)の区間記録を47秒も更新し、首位早大との4分58秒差をひっくり返した。今年1月の2度目は、首位明大との4分26秒差を逆転し、さらに2位に3分36秒差をつけた。2年間で抜いた選手は計14人。異次元の強さの要因について、1年時に指導した川嶋伸次前監督は「ハートの強さ」を挙げる。

 結果を恐れたり、相手が強いと勝手に判断して守ることがない。後半に備えて前半を抑えることがないんです。真っ向勝負というか直球勝負。「前半は抑えろ」と何度も指示しましたが「はい」と聞いているふりをして、自分のスタイルを貫く。非常に頑固。でも結果を残す。

 福島・いわき総合高3年時の全国都道府県駅伝で1区で区間賞を取った。当時、その走りを見た山梨学院大の上田誠仁監督は「ものすごい勢いで入った。この走りだと2キロも持たないと思ったのに、勢いは10キロは落ちなかった」と振り返る。その上で「彼の強さは限界点になってから、その状態で走れる生理的要因、そして強い精神力にある」と分析する。

 なぜ、スタートからエンジン全開で走り続けるのか。それは、柏原のランニング哲学に起因している。

 柏原

 人を抜く瞬間、歓声が「わーっ」と上がる。その瞬間がすごくいいなって思うんです。前の選手が見えて、どんどん近くなって、抜いて、じゃあまた前に行こうと。それが一番燃えてくるんです。

 衝撃デビューした1年から注目され続けた。もともと人に注目されたり、評価されることが嫌いだった。それは今も変わりはないが、今は受け入れられる度量ができてきた。

 柏原

 「山の神」と呼ばれるのも嫌いだったんです。ロードやトラック種目で頑張っていても、結局「山の神」の言葉で片付けられる。やってきたことを全否定されているような気がしました。でも、何となくですけど、今はいいかなと思えるようになりました。

 今季はここまで疲労や故障による練習不足で、満足に走れなかった。「不調」と騒がれた。悩んだ末にすべてをぶち壊した。地元いわきに戻り、初心を思い出した。レース前にそばを食べる験担ぎもやめた。心を「無」に戻すことで、新たな自分に気づいた。そして復調した。

 柏原

 そばを食べなくても結果が出て「関係ないんだ」と思えた。走れるときは走れると。神経が強くなったのかな。ちょっとやそっとじゃ動揺しなくなりました。昨年のこの時期の走り込みは500~600キロだったけど、今年は100キロ以上増えていると思う。

 挫折して、成長して、将来も見えてきた。「上(社会人)では陸上をやらない」と言っていた男のビジョンも変わった。

 柏原

 走ることは生きがい。もっと走りたい。やめたら、自分は不器用だし、何もできない。将来も陸上をやると決めた。だから箱根は通過点にしたい。【取材・構成

 今村健人】