前人未到の夏の大分大会3連覇へ、明豊が12安打12得点の5回コールドで快勝発進した。

高々と舞い上がった打球は、右翼席で大きく弾んだ。0-0で迎えた2回に3点を先制し、なおも2死三塁。3番柴田廉之助内野手(3年)が内角直球を豪快にすくい上げた。高校通算16本塁打目、夏の公式戦に限れば初アーチの2ランを放った。

「こすったので、ライトフライかなと思いました。仲間の反応を見て、入ったと確信しました。チームの勝利に貢献できて良かったです」。

スタンドでは母美穂さん(48)が見守った。志方中(兵庫)時代は兵庫加古川ヤングでプレー。中3秋に明豊の雰囲気に憧れ、越境入学を決意した。美穂さんは「本人(柴田)が明豊で野球をやりたいと言うので。親は『いってこい!』と送り出しました」と迷いはなかった。

柴田は中学3年時に体重80キロと恵まれた体格の持ち主だった。だが、高1秋に69キロまでに落ちてしまったという。美穂さんは「久しぶりに息子を見たら、がりがりになっていて。大丈夫かなと」と当時を振り返る。

入部当初に「体力期間」と呼ばれる1年生の猛特訓があり、300段の階段をひたすら走り、300メートル走でさらに走り込む。さらに、夏の大会前に「追い込み期間」と呼ぶ過酷な練習に体重は落ちる一方だった。柴田は「ひたすら走って、ひたすらバットを振って。きつかったですけど、それが力となって今がある」と言う。

現在は、1年冬から取り組む食事トレーニングの成果もあって体重85キロ。美穂さんは「体がたくましくなりましたね」と息子の成長を喜んだ。

柴田は小学時代から活発な子で、クラスに1人いる「やんちゃ少年」だった。美穂さんは「家でもずっとうるさくて、学校の授業中でも」と美穂さんは笑う。柴田も「先生に怒られたりすることは多かったです」と話し「でも、それは昔の話です。今は、人間性の部分でも成長しました」と胸を張る。その背景には、「学校生活あっての野球」という川崎絢平監督(41)の教えがあった。柴田は「学校生活をきっちりやっての野球。1人ができていなかったらチームに迷惑をかけることになる」と自覚を口にする。

兵庫・加古川市出身の柴田にとって甲子園は身近な存在にあった。「小学生の頃から甲子園で野球を見に行っていた。でも、甲子園でプレーはしたことない。最後の夏、なにが何でも甲子園に行きたい」と決意をにじませた。

チームは夏の大分大会3連覇がかかる。過去に3年連続で甲子園出場した高校はない。柴田は「挑戦者の気持ちを持って戦いたい」と一戦必勝で頂点のみを見据えた。