九州地区の21世紀枠候補だった鶴丸(鹿児島)に、吉報は届かなかった。午後4時過ぎ。グラウンドに集まったナインへ、福田健吾監督(55)は無念さを募らせながら厳しい現実を告げた。「残念…。選ばれませんでした。まだまだ力が足らんちゅうことや。落ち込んでいる暇はない」。
寺内幸大主将(2年)は「悔しいけど、覚悟はしていた。選ばれても、選ばれなくても、プラスの方向につなげていけたらと思っていた」と前を向いた。
選出されていれば第2回大会の1925年(大14)以来、実に99年ぶりだった。現校名では初で、春夏通じて史上最長のブランク出場が懸かっていた。それだけに、福田監督は「うきうき、わくわくした気持ちでおりました。他力本願だったんですけど、私も部員たちも甲子園の舞台で戦いたい気持ちで野球をやっていた。そのチャンスが巡ってきたので、素直に悔しい」と肩を落とした。
毎年、東大合格者を輩出するなど九州屈指の進学校で知られる。ベースボールを野球と和訳した中馬庚(ちゅうま・かなえ)氏が野球部を創部し、勉学との両立がモットー。平日は7時限授業のため、放課後の練習は約1時間に限られる。土日祝日は4時間程度で、午前練習がほとんど。練習試合を行う場合は学校の許可を取らなければいけない。「勉強時間を確保するためです」と言う。
甲子園常連校のような設備も構えてない。陸上部、サッカー部、ラグビー部との併用が当たり前。使用できるスペースは内野限定で、外野ノックは満足にできない状況だ。フリー打撃は「運が良くて月2回」できればいい方だという。寺内主将は「時間がないので1球1球、1分1秒を削り出す努力をしている」。効率重視の練習で昨秋は県大会4強入り。3回戦で鹿児島実を2-1で下し、勝利した4試合中3試合が2点差以内での決着だった。
気持ちを切り替え、最後の夏を見据える。寺内主将は「もう、夏しかないので。部員全員で死に物狂いで頑張っていきたい」と並々ならぬ決意をにじませた。4月には学校創立130年を迎える。悔しさを糧に、夏の甲子園初出場でメモリアルイヤーに花を添える。【佐藤究】

