<ヤクルト5-0巨人>◇1日◇神宮

 ヤクルトに、CSファイナルステージ用の巨人キラー出現だ。4年目左腕の「ヤギやん」八木亮祐投手(22)が、7回5安打無失点と好投し、プロ初勝利を挙げた。入団3年間は左肩痛で苦しみ、1軍登板はなし。同期の赤川、日高、中村らに後れを取っていたが、今季先発3試合目で待望の初勝利を挙げた。日本シリーズ進出をかけて巨人と再戦となれば、奇襲先発の可能性は十分だ。

 これは夢か、幻なのか。試合後の会見で、八木は何度も両ほっぺをたたいた。「夢みたいだな。現実かな。殴ったら起きちゃうんじゃないかな。でも全然大丈夫です…」。

 無名の4年目左腕が「夢」のような投球で、強力打線を封じた。直球のスピードは140キロ前後ながら、スピンが利き、フライアウトを重ねる。最大のピンチは勝利投手の権利を得る目前の5回。無死一、二塁から坂本を遊飛、阿部、村田はともに直球で中飛、二飛に切った。タイミングが取りにくく、手元で伸びるボールが特徴。強打者たちが、簡単に打ち上げる姿が成長の証しだった。

 享栄(愛知)から、08年ドラフト2位で入団。同校からのヤクルト入りは400勝投手の金田正一氏以来だった。入団時は同じ背番号「34」を背負い、「ヤギやん」と期待された。だが1年目の夏に左肩腱板(けんばん)を痛め、実戦から遠ざかった。「復帰しても2~3試合投げたらまた痛める」状態が続く。2年目、3年目も変わらず、背番号は「70」になった。

 野球選手なのに野球ができない苦しみ。手を差し伸べたのは宮本だった。2年目のオフ、八木がトレーナー室で1人泣いていた話を聞き、治療院を紹介した。享栄の監督が、社会人野球プリンスホテルの先輩だった縁もあった。「給料安いうちは安くしてくれませんか」と頼み、八木は毎週通った。3年目から少しずつ回復。「宮本さんが守る前で投げるのが夢」と言い続け、ようやくかなえた。

 CSを勝ち抜くには、最大10日間で9試合をこなす。荒木チーフ兼投手コーチは「選択肢は増えてくるでしょう」と、奇襲先発をにおわせた。勝利の瞬間、ベンチに立った八木は、宮本、相川らから祝福を受け、笑顔がはじけた。小川監督からウイニングボールを受け取った。苦労を知るみんなが、この時を待っていた。【前田祐輔】

 ◆八木亮祐(やぎ・りょうすけ)1990年(平2)9月29日生まれ。愛知県出身。享栄から08年ドラフト2位でヤクルト入り。入団時は享栄OBで、ヤクルトの前身国鉄で活躍した金田正一氏と同じ背番号「34」を背負った。今年8月4日の中日戦で初登板初先発し、4回途中3失点で降板(勝敗なし)。180センチ、73キロ。左投げ左打ち。推定年俸500万円。