選手が現役生活を引退する時にしか聞けない質問がある。

 「ベスト○○はなんですか?」

 試合や大会が主だが、終わりを迎えていない段階では更新中で総括は適さない。だから引退会見という場では、必ず聞かれることになる。

 26日に都内のホテルで会見を開いたプロボクシングの元WBC世界バンタム級王者山中慎介さん(35)の場合は、「ベストパンチ」だった。世界戦で31回のダウンを生み出してきた通称「神の左」。そのストレートで、日本歴代2位の世界戦連続防衛12回を成し遂げた男の答えは…。

 「迷いなくV2のロハス戦ですね。あの最後の1発。あれがあるからこそ、常にこれくらいのKOしてやろうという思いで調整してこれましたし、あのKOは本当に自分にとっても後援会にもファンにも記憶に残っている試合だと思ってます」

WBC世界バンタム級タイトルマッチ 7回、左ストレートでトマス・ロハス(右)をKOした山中慎介(2012年11月3日撮影)
WBC世界バンタム級タイトルマッチ 7回、左ストレートでトマス・ロハス(右)をKOした山中慎介(2012年11月3日撮影)

 2012年11月3日、ゼビオアリーナ仙台、元世界王者トマス・ロハス(メキシコ)を迎えた2度目の防衛戦。左ストレート2発などで7回36秒TKO勝利。ロハスは失神し、そのまま病院に送られた衝撃の試合だった。

 翌4日付の弊紙には「左コークスクリューで失神病院送り」「ホセ・メンドーサだ」「劇画的KO」の文字が躍る。試合を決めた1発は、パンチが当たる瞬間に手首を内側にひねり込む「コークスクリューパンチ」。漫画「あしたのジョー」で矢吹ジョーと対戦した最強王者ホセ・メンドーサも武器にした必殺パンチで、ロハスはその場で失神し、前のめりに頭から崩れ落ちた。

WBC世界バンタム級タイトルマッチ 7回、トマス・ロハス(右)を前のめりに倒し、KO勝ちを飾った山中慎介(2012年11月3日撮影)
WBC世界バンタム級タイトルマッチ 7回、トマス・ロハス(右)を前のめりに倒し、KO勝ちを飾った山中慎介(2012年11月3日撮影)

 この日、山中が登場する前、会場内には防衛戦の映像などが映し出されたが、集まった報道陣、関係者約150人以上から「おおー」と感嘆の声が上がったのはやはりロハス戦。衝撃シーンはいま見ても、何回見ても鮮烈だ。それは放った本人も同様だった。

 「あれくらいのKOしてやろう」。とてつもなく高いハードルを自分に課すことになったが、次戦から4連続KO勝利、さらに試合内容でも「劇画的」なダウンシーンを量産した。

 会見の最後、その左拳にかける言葉を聞かれると、こう言った。

 「強かったよ、と。まあまあ強かったんじゃないですか(笑)」

 謙遜するところがらしさだが、「まあまあ」なんてとんでもない。間違いなく漫画的とも言えるくらい、とてつもなく強かった。【阿部健吾】

引退会見を行った山中慎介さんは神の左と呼ばれた手をじっと見つめる(撮影・松本俊)
引退会見を行った山中慎介さんは神の左と呼ばれた手をじっと見つめる(撮影・松本俊)