37年ぶりの快挙!! 世界初挑戦の同級2位伊藤雅雪(27=伴流)が3-0の判定で、無敗の若きホープとなる同級1位クリストファー・ディアス(23=プエルトリコ)を撃破した。
4回にダウンを奪い、終盤までリズム良い連打で攻め続け、王座奪取に成功。日本人の米国での王座奪取は81年三原正以来、37年ぶり5人目で、海外での王座奪取も10人目となった。プロ2戦目直前に交通事故で左手首など3カ所を骨折する重傷を乗り越え、プロ10年目で悲願のベルトを巻いた。
感極まった表情でベルトを手にした。両目に涙があふれた伊藤は「ポイントは気にしていなくて倒す、倒す、倒すとずっと考えていた。やり切った気持ちが強かった」。現地応援した衣理香(えりか)夫人と抱き合い「信じられないことが起きた。人生が変わった」と快挙を分かち合った。
米プロモート大手トップランク社いち押しのホープの動きをすぐに見極めた。会場内の観客は23勝(15KO)のディアスの応援。アウェーの雰囲気の中で「1回で自分の力が通用する」と自信を持った。前に出ながら連打を続け、4回には連打の後に「感触があった。一生忘れられないストレートになる」という強烈な右でダウンを奪った。7年間、バスケットボールで養った軽快かつ俊敏な動きから5連打、7連打で相手の体力を削り、至近距離での攻防で勝利をつかんだ。
「不安もたくさんあって試合前に1人で泣いていた。自分を信じて戦うだけだと」。09年9月、プロ2戦目の1週間前。原付バイクに乗った伊藤は、居眠り運転で信号無視してきた車に追突された。意識を失って緊急搬送。右足首、腰、そしてボクサーの生命線となる左手首を骨折し「骨が飛び出ていた」と振り返る重傷だった。1カ月で退院後も数年は手首に痛み止めの注射を打った。所属ジムの先代の団元気会長から「名前の之を雪に変えたら」と勧められて「雅雪」にリングネームを変更すると自然と痛みが消えた。「右手だけのお前でも王者になれる」と激励をくれた先代会長にも恩返しした。
15年から知人を通じて米ロサンゼルスで拠点をつくった。元2階級制覇王者畑山隆則らを指導したルディ・エルナンデス氏や岡辺大介氏という現地トレーナーと出会い、年2~3回は家族を東京に残して単身合宿を積んできた。初の海外試合が米国での世界初挑戦だったが、本場での試合観戦でイメージトレーニング。戦前の下馬評は劣勢でも「絶対に世界王者になると信じて戦いました」という気持ちですべてを覆した。
強豪の多いスーパーフェザー級で頂点に立ち、米国で存在をアピールできた。「まだまだボクは強くなれる。一生、ボクの名前が残るような相手と(試合を)したい。まだ夢の途中。デカイ試合をしたい」。伊藤のアメリカンドリームは始まったばかりだ。
<伊藤雅雪(いとう・まさゆき)>
◆生まれ 1991年(平3)1月19日、東京都生まれ。本名は伊藤雅之。
◆バスケ一筋 明治小6年時にミニバスケットを開始し都2位。深川中バスケット部で東京都16強。駒大高3年まで続ける。ダンクシュートができる。
◆転向 部活動引退後にボクシング開始。駒大進学後の09年に伴流ジムからプロデビュー。
◆獲得 12年全日本フェザー級新人王、13年WBCユース・ライト級王座、15年に東洋太平洋スーパーフェザー級王座、16年にWBOアジアパシフィック同級王座を獲得。15年に日本同級王者内藤律樹に判定負けしたのが唯一の黒星。
◆CM出演 甘いマスクでオーディションに合格、14年にJRAのテレビCMで竹野内豊と共演。
◆家族 学生結婚した衣理香夫人と長女愛音(あのん)ちゃん、次女愛海(あいみ)ちゃんの4人家族。
◆タイプ 身長174センチの右ボクサーファイター。

