WBC世界バンタム級4位井岡一翔(37=志成)が、日本男子初の世界5階級制覇に失敗した。同級王者井上拓真(30=大橋)に挑戦して、0-3の判定負け。2度のダウンを奪われ、ジャッジ1人がフルマークをつける完敗。「頭部外傷」が認められ、会見をキャンセルして病院に直行した。11年2月、WBCミニマム級を獲得してから15年かけて、世界でわずか9人目となる5階級目の世界王座獲得を目指したが、届かなかった。日本人対決はこれまで6戦全勝だったが、7戦目で初黒星を喫した。
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井岡が、会見場に姿を見せることはなかった。5階級制覇に失敗した試合後のドクターチェックで「頭部外傷」が認められた。左目の下に負傷があり、ドクターから病院での検査を勧められた。本人も検査を希望したことで、そのまま病院行きとなった。
試合は、7歳年下の王者のスピードについていけなかった。2回に右のカウンターから連打でダウンを喫した。3回には左ジャブに右アッパーを合わされて再びマットにはった。パンチのスピード差は明白で、卓越した技術を発揮する間合いに入れない。11回に左フックで場内を沸かせるのが精いっぱいだった。ジャッジ1人がフルマークをつける大差。判定を聞くと7歳下の王者を潔くたたえた。
自ら切り開いたカードだった。25年5月、WBA世界スーパーフライ級王者だったフェルナンド・マルティネス(アルゼンチン)に連敗を喫した。「表現は難しいが、追い詰められている感覚だった。選択肢があるようでない」とも口にしていた。同10月の所属ジム興行のリング上でバンタム級転向を表明。日本男子初の5階級制覇を目指すと宣言した。
昨年大みそかには、同級転向初戦で4回KO勝利を挙げた。「井上拓真選手とぜひ試合がしたい。来年5月に井上尚弥選手と中谷潤人選手が東京ドームで試合をすると聞いているので、そこで自分も一緒に盛り上げたい。バンタム級で必ず世界王者になる」と猛アピール。バンタム級転向を契機に初めて本格的なフィジカルトレーニングを導入。世界戦前は恒例だった米ラスベガス合宿を回避し、肉体づくりと実戦練習を並行するために国内調整に専念した。プロ入り後から師事する米在住のキューバ人トレーナー、イスマエル・サラス氏とはオンラインで連絡を取り合った。
22歳で最初の世界ベルトを巻いてから15年。これまで日本人との試合は全勝だったが、7戦目でついに土がついた。井岡が描いた通りの大舞台、しかし勝負の世界は残酷だった。
◆井岡一翔(いおか・かずと)1989年(平元)3月24日、大阪・堺市生まれ。興国高で史上3人目の高校6冠を達成。東農大2年中退で09年プロデビュー。11年に当時日本最速7戦目でWBC世界ミニマム級王座、12年にWBA世界ライトフライ級、15年に18戦目の当時世界最速でWBA世界フライ級王座獲得。17年に1度引退も18年に復帰。19年6月に再挑戦でWBO世界スーパーフライ級王座を獲得し、日本男子初の4階級制覇を達成。23年2月にWBO世界同級王座を返上し、24年7月にWBA世界同級王座を獲得。23年7月に同王座から陥落。163センチの右ボクサーファイター。家族は夫人と2男。

