大相撲名古屋場所(7月9日初日、ドルフィンズアリーナ)で、豊昇龍(24=立浪)、大栄翔(29=追手風)、若元春(29=荒汐)の3関脇が大関とりに挑む。3人同時に昇進となれば史上初の快挙になる。日刊スポーツでは「歴代大関が語る昇進場所」と題して、大関経験者の親方に、昇進に必要な「心・技・体」を聞いた。第1回は元魁皇の浅香山親方(50)。大関在位は九重親方(元千代大海)と並んでトップの65場所で4度優勝を果たし、「最強大関」ともいわれたが、昇進までは苦労の連続だった。

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「あれほど屈辱的なことはなかった」。歴代2位の通算1047勝を誇る「最強大関」の元魁皇の浅香山親方には、力士人生の分岐点と捉える一番がある。2000年初場所、7勝7敗で迎えた千秋楽。相手は初優勝を狙う武双山だった。立ち合いから勢いよく立った相手の出足を止められず、引いて吹っ飛ばされ、土俵下へと転がり落ちた。目の前でライバルに優勝を決められ、自身は負け越しで6場所ぶりに関脇から陥落した。その武双山は翌場所も12勝して大関に昇進。出世競争でもライバルに先を越された。

浅香山親方 (武双山は)年は1歳上ですが、同じ昭和47年生まれ。周りが比べたり、稽古を一緒にするうちに意識するようになりました。あの一番は本当に自分がみっともない相撲をしてしまい、あの後(周囲から)ここまで言われるのかと思うほどきついことを言われました。

94年夏場所で新三役昇進以降、00年初場所当時で既に三役を5年務めていた。関脇として臨んだ96年の全6場所は9~11勝で推移したが、大関昇進の目安にあと1歩届かなかった。「ことごとく失敗してきた」からこそ、何かを変えなくてはいけないという思いが強かった。行き着いたのは体をもう1度作り直すこと。かねて悩みの種だった左右の体のバランスを整えるべく、「全くしてこなかった」筋トレを取り入れた。

浅香山親方 例えば右は引きつけて投げるような力はあるけど、左は全くできない。また、背筋は強いけど、前の筋力が弱かった。そういった1つ1つの感覚を均等にしたかった。同じことを続けていれば、同じ所にしかたどりつけない。他の人と差をつけようと思ったら、新しいことを取り入れなくちゃいけない。

その後、膝を痛めた影響で春巡業を休場してからは、トレーナーをつけてジムに通った。東京に戻ると稽古場で四股、すり足、てっぽうを繰り返した。効果はすぐに出た。小結だった2場所後の00年夏場所は14勝1敗で初優勝。関脇に返り咲いた同年名古屋場所は11勝4敗で終え、昇進の目安となる「三役直近3場所33勝」を達成した。武双山に2場所遅れて大関に昇進した。

自分の体と向き合い、今までのやり方を見つめ直したからこそ7度目の挑戦にしてつかんだ大関昇進。だからこそ、大関とりに必要な「心・技・体」において、最も重視するのは体だと力説する。「体を作ることで自信をつけるために、稽古をしなくちゃいけない。どんだけ気持ちが強くたって体が強くないと勝てない。技があっても、力がなければ生かせない」と力説した。

改めて振り返る大関とは-。「地位が人を作るという部分がある。自分も大関に上がる時期から何かが変わった。生活をもっと見つめ直し、求められる立ち振る舞いをしなくちゃいけないという意識が強かった」。名古屋場所で3関脇が同時に大関とりに挑む。「珍しいことですよね。あまり聞いたことがないです」と相撲界にとっては朗報と歓迎。暑い名古屋を盛り上げる3人の活躍を期待し、「名古屋は見どころが多い場所になりそうですね」とうれしそうに笑った。【平山連】

◆浅香山博之(あさかやま・ひろゆき)本名古賀博之。1972年(昭47)7月24日、福岡県直方市生まれ。88年春場所初土俵を踏み、92年新十両の時に、しこ名を本名の古賀から魁皇に改名。得意の左四つ、上手投げを武器に93年夏場所新入幕。00年名古屋場所後に大関昇進。11年名古屋場所を最後に現役引退。通算1047勝700敗158休。優勝5回、殊勲賞10回、敢闘賞5回、金星6個。

◆大関昇進の目安 明確な決まりはなく、三役として直近3場所で合計33勝が目安とされる。1970年代までは30勝以上ともいわれた。年6場所制が定着した1958年(昭33)以降に昇進した大関65人のうち、32勝以下で上がったのは20人。32勝は9人(栃ノ海、琴桜、北の湖、三重ノ海、千代大海、稀勢の里、豪栄道、朝乃山、正代)、31勝は4人(清国、増位山、琴風、大乃国)、30勝は5人(若羽黒、柏戸、佐田の山、玉乃島(後の玉の海)、魁傑)、28勝は2人(北葉山、北の富士)。

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