日本相撲協会は26日、夏場所(5月11日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議を行い、新十両昇進が発表された西幕下4枚目の三田(23=二子山)が、大阪市内で会見した。幕下最下位格付け出しの初土俵から、所要4場所でのスピード昇進。今月の春場所は2連敗スタートも三番相撲からは全勝で5勝2敗の好成績を収めていた。師匠の二子山親方(元大関雅山)同席で行った会見では「素直にうれしい。順調にきているなと感じる。2年以内に関取に上がりたいと思っていた」と、初土俵当時からの目標を大幅に更新し、笑顔で語った。

まだ、まげが結えないざんばら髪だが、人一倍苦労もしてきた。近大では23年全日本学生選手権で、主将として13年ぶり団体優勝。だが同年11月に左膝の前十字靱帯(じんたい)断裂などの大けがを負い、初土俵は昨年秋場所と遅れた。松葉づえを使い「(左)膝を曲げられず、階段の上り下りもきつかった」という。日大で学生横綱に輝いた、同学年のライバル草野(伊勢ケ浜)に後れを取る焦りを感じていた。それでも師匠からは、けがを完治させてから初土俵を踏むよう伝えられており、焦らずリハビリから体づくりして、一気に番付を駆け上がった。

栃木県出身で、父尚紀さん(59)が、近隣の茨城県出身の二子山親方と、古くから親しくしていた。その関係で、三田も中学時代から二子山親方には助言をもらったり、常々気に懸けてもらったり。二子山部屋に入門するのは自然な流れだった。さらに小学校時代に6年間、ずっと同じクラスだった十両生田目がいたことも心強かった。入門後は、その生田目や、兄弟子の十両狼雅らに胸を借り、ぶつかり稽古で押す力を磨いてきた。

二子山親方は「独特の距離感を持っている。それが持ち味」と、光る相撲センスがあると評した。現在は本名のしこ名も、三田本人が希望している、師匠の現役時代のしこ名の1文字「雅」を付けるプランもある。二子山親方は「(関取として)慣れるまで数場所は『三田』のままで。『雅』を付けたしこ名も2、3個考えている」と、ゆくゆくは改名を考えているという。

師匠も幕下付け出し(60枚目格)で初土俵を踏んでいるが、実績は驚異的だった。2場所連続で幕下優勝し、さらに新十両から2場所連続十両優勝。初土俵から4場所連続で各段優勝を果たしていた。そのことは三田も「知っています」と即答。新十両の来場所に向けて「2桁勝てるように、そして優勝争いできるように頑張っていきたい。番付を上げて親方に恩返ししたい」と、力強く語っていた。【高田文太】