大関経験者で西幕下14枚目の朝乃山(31=高砂)が、仕切り直しの1勝を挙げた。西幕下15枚目の魁清城を寄り切り。得意の右差しはならなかったが、左で抱え、立ち合いからの圧力で前に出続けて寄せつけなかった。「自分の相撲、前に出る相撲を取れた。(まわしを取れなかったが)しっかり当たることが大事だと思っていた。あとは流れで体が反応した」と、冷静に振り返った。
7戦全勝なら来場所は十両に再昇進できる、幕下15枚目以内で今場所に臨んだが、前日4日目の二番相撲で東誠竜に敗れて初黒星。来場所の関取復帰の可能性は消滅したが、1番でも白星を重ね、来場所につなげたい気持ちを表すように、厳しい攻めで快勝し、2勝1敗と白星を先行させた。
昨年5月の夏場所を右膝痛で全休し、続く7月の名古屋場所4日目に左膝前十字靱帯(じんたい)断裂などの大けがを負った。合わせて5場所連続休場の長期離脱から、3月の春場所で、三段目から再起して全勝優勝した。その時から、取組直後に花道脇で取材に応じていたが、敗れた前日の取組後は、ショックの大きさから無言で支度部屋へ。着替えて帰り際に取材に応じ「ここからしっかり1番も落とさないように。6番勝って、来場所に1枚でも2枚でも番付を上げたい。1枚でも2枚でも上げるために、白星を積み重ねていくしかない」と、自らに言い聞かせるように話していた。
この日は、同じ高砂一門、同じ学生相撲出身で1学年上の元小結北勝富士が引退会見した。取組後に、引退を知った朝乃山は「今だから言いますけど、今場所前に1度、八角部屋に出稽古に行った時に痩せていて『ひょっとして』と思っていた」と、引退を決意しているのではないかという予感はしていたという。
「学生時代は、ほとんど話したことはなかった」と、近大出身の自身と、日体大出身の北勝富士では、大学の所在地も全く違うだけに、交流はなかった。それが「初めて巡業に行った時に、明け荷を隣に置かせていただいて、何から何まで教えていただいた。僕が優勝した時のパレードでも、旗手を務めていただいた。ずっとお世話になっていたので残念です」と、さみしそうに話した。
年齢の近い力士が次々と引退していくだけに、1場所でも早い関取復帰を目指している。「(前日に)負けたからといって、相撲人生が終わるわけではない。切り替えて臨んだ」。前日の黒星、恩人の引退…。焦る気持ちを押し殺し、来場所後の十両再昇進へ、残り4番、全て勝つ決意をにじませた。

