記録ずくめの横綱昇進を確実にした。大の里(24=二所ノ関)が、無傷の13連勝で2場所連続4度目の優勝を決めた。琴桜との大関対決を寄り切り。15年初場所の白鵬(現宮城野親方)以来、幕内では10年ぶりに13日目で決めた。大関で2場所連続優勝して昇進できなかった前例はなく、28日の臨時理事会で正式に「第75代横綱」が誕生する。日本出身では、師匠で17年に昇進した稀勢の里(現二所ノ関親方)以来8年ぶり。初土俵から所要13場所は昭和以降最速、負け越しなしでの昇進は1958年の年6場所制以降で初となる。大関昇進時の伝達式口上で述べた「唯一無二」の存在として相撲史に名を刻む。
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強い。その印象だけを残し、大の里が2場所連続優勝を決めた。体当たりの立ち合いから、琴桜に突かれても、前に出続けた。右差しと左おっつけ。自分の形に持ち込み、大関対決を圧倒した。自己最長を更新する初日から13連勝。後続に3差つけ、横綱昇進を確実にした。勝てば優勝の意識は「もちろん頭の中に入っていた」という。それでも勝っても喜びの表情を見せなかった。13日間を「落ち着いてノビノビと思い切っていけた」と駆け抜けた。
記録ずくめの横綱昇進となる。初土俵から所要13場所での昇進は、昭和以降最速。従来の羽黒山、照国の16場所を上回る。年6場所制となった1958年以降では、輪島の同21場所を大幅更新。同じく年6場所制で、新入幕から所要9場所での昇進は大鵬の11場所を上回る最速。負け越しなしでの昇進も年6場所制初。「いい報告を聞けたら」と28日の正式決定を待つ。
人の思いを力に変えてきた。部屋のホームページには「横綱から横綱を」の文字とともに、師匠の二所ノ関親方(元横綱稀勢の里)が、その師匠にあたる元横綱隆の里(故人)と握手する写真が、トップページを飾っている。そこには2人の名前とともに、隆の里の師匠にあたる元横綱初代若乃花(故人)の名前も。3代続いてきた横綱の系譜を示すものだ。二所ノ関親方は引退に際し「横綱を育てたい」と力説。大の里の横綱昇進は4代の悲願だ。
大関昇進後は、何度も師匠に「横綱とは」と、脈々と受け継がれた帝王学を受けてきた。大の里は内容について明かさないが、師匠は横綱について「真に心技体が充実していないとなれない」と、打ち明けたことがあった。そのために「日ごろからの相撲との向き合い方が大事」と説かれた。
関取に昇進して間もないころ、場所中の朝稽古に姿を見せないことがあった。大卒力士にはよくある調整法。ただ、中卒たたき上げの師匠は「意味も分からず、たくさんやっていた稽古が、後から、ものすごく意味があると思ったことが多かった」と体験談を伝えた。毎日欠かさず続けることに、意味が生まれる日が来る。大関昇進後は稽古の番数も2倍に。今場所の大の里は繰り返した。「体が自然と動いた」。新境地、そして横綱の境地に達した。
今場所前の春巡業では、地元石川県の2カ所で大声援を受けた。元横綱貴乃花の先輩だった、日体大の斎藤一雄監督には「貴乃花を超える才能」と言われたことも。しこ名の由来となった“初代”の大関大ノ里の故郷、青森・藤崎町では夢ができた。「大ノ里さんのように“相撲の神さま”と呼ばれるような人になりたい」。さまざまな人の思いを背に“令和の大横綱”へと歩き出す。【高田文太】
◆13日目の優勝 2015年初場所の白鵬以来10年ぶり。大関では、2012年初場所の把瑠都以来。日本出身力士としては、1996年秋場所の貴乃花以来29年ぶり。綱とりの場所で13日目Vは初めて。
◆横綱昇進までの流れ 日本相撲協会審判部が横綱昇進に相当と判断した場合、八角理事長(元横綱北勝海)に場所後の理事会招集を要請する。理事長は横審に対し横綱昇進について諮問。これを受けて横審は、千秋楽翌日の26日に行われる定例会で審議する。出席委員の3分の2以上の賛成があれば横綱推薦を理事長に答申。これが事実上の最終決定となり、答申を受けて28日に開催される臨時理事会と名古屋場所番付編成会議で正式に昇進が決まる。これを受けて使者が送られ、横綱昇進伝達式が行われる。

