大相撲で歴代最多45度の優勝を誇る、元横綱白鵬の宮城野親方(40)が、日本相撲協会を退職することが正式決定した。

同協会は2日、東京・両国国技館で臨時理事会を開催。宮城野親方が9日付で退職すると発表した。宮城野親方が師匠を務めていた旧宮城野部屋で昨年、弟子だった元前頭北青鵬の暴力が発覚。監督責任を問われ、2階級降格などの処分を受け、部屋は閉鎖、昨年4月に師弟ともに伊勢ケ浜部屋に転籍していた。部屋再興の道筋が見えずに退職を決意したが、この日、協会が発表した文書とは食い違った。後味の悪い形での退職となった。

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4月24日。宮城野親方は“部屋頭”に決意を伝えていた。初めて1人で、先発と呼ばれる1つの興行の担当者を務めた、神奈川・秦野市での巡業の前夜。現地入りした前頭伯桜鵬と、その付け人の三段目竹葉を呼び出し、神奈川県内の焼き肉店で4時間、思いを伝えた。昨年4月、旧宮城野部屋の力士らは伊勢ケ浜部屋に転籍。その中で番付最上位、宮城野親方に憧れて入門してきた伯桜鵬に、丁寧に退職の意向だと伝えた。

その約半月前、週刊誌などで宮城野親方が退職の意向と報じられた。伯桜鵬はそわそわした気持ちを抱えながら、巡業の各地を回っていた。そして4月24日に食事に誘われると、当初の予定をキャンセルして宮城野親方と会った。2人が、おなかいっぱいになるまで食べる姿を、宮城野親方はうれしそうに見つめた後、肝心の話を切り出した。

伯桜鵬 気持ちが揺らいでいる感じはしなかったです。もちろん「辞めないでほしい」とは言いました。でも意思は固い印象で…。

ショックを受ける伯桜鵬と竹葉に宮城野親方も心を痛めた様子だったという。

5月の夏場所中は、警備担当と記者クラブ担当として、多くの時間を両国国技館内にある、それぞれの部屋で過ごし、ファンと接触する時間はほとんどなかった。相撲協会の一員としては最後と思っていたのだろう。宮城野親方は秦野市巡業で、サインや握手、写真撮影など、ファンの求めには可能な限り応じていた。ボランティアの警備担当が引き留めようとしても「大丈夫、大丈夫」と制止して長時間、ファン対応した。

2011年6月、東日本大震災の被災地を5日間、巡回慰問した際も同じだった。当時、一人横綱だった白鵬は可能な限り、握手したり声掛けしたりと、傷ついた被災者を励ました。同行した親方衆には「まだやっているのか、あいつは」と、出発時間を過ぎてもバスに乗り込まない様子に、いら立たれたこともあったが、姿勢は変えなかった。

観衆に万歳三唱や3本締めを促すなどの現役時代の言動が、いつまでも協会執行部には身勝手な印象を植え付けていた。引退時には異例の誓約書付きで年寄襲名を承認された。ただ、当時の白鵬、現在の宮城野親方は、ファンを喜ばせたい一心だったのだろう。両者の歩み寄りがないまま、ファンが最も望まない結末を迎えた。希代の大横綱は、ただ相撲を、相撲ファンを愛していた。【高田文太】