「鉄人」がまた一つ、偉大な記録を樹立した。関取衆最年長で西前頭9枚目の玉鷲(41=片男波)が、通算幕内出場回数を歴代1位に並ぶ1470回とした。この日は元大関正代に押し出され、初日から3連敗。大記録に花を添えることはできなかった。従来の記録は旭天鵬(現大島親方)が、41歳直前の15年秋場所まで築いたもので、4日目の獅司戦に出場すれば、11年ぶりに記録を更新する。初土俵からの通算連続出場は24年秋場所で歴代1位となって以降も継続中。歴代3番目に多い幕内在位99場所目の今場所も、衰え知らずで「鉄人」ぶりは健在だ。
取組後、風呂から出てきた玉鷲は「すごい! 金星を取ったみたい」と、待ち構えた大勢の報道陣を見て思わず笑った。偉大な記録をつくったことは理解していたが、成績が伴わずに自虐的に笑うしかなかった。この日は立ち合いから右のど輪で押し込もうとしたが「詰まったような感じ」と、相手がビクともしなかった。力を伝えられないまま、のど輪が外れると一方的に攻められて押し出された。
偉大な記録に並んだことには「うれしい反面、自分が(思い通りに)できなくて情けない。複雑ですよ」と、3連敗に手放しで偉業を喜んでいる様子はなかった。ただ「次の一番、自分らしい相撲を取ることを意識していきたい」と、気落ちした様子はなかった。復調のために必要なことを問われると「朝からしっかりとやること。やることをやる」と、淡々と話した。
この日も、大阪市の部屋での朝稽古から、たっぷりと汗を流していた。四股、すり足、腕立て伏せなど。ジムに行ったのは生涯で2度しかない。「若いころに『オレもジムに行ってる』って言いたくて、2回だけ行った」。04年初場所の前相撲で、19歳で初土俵を踏んでから、地道に部屋での稽古で、1度も休まないケガに強い体をつくてきた。
そんな変わらない継続、努力の証しとして、先場所後の1月26日には、初土俵からの通算連続出場が、ギネス世界記録に認定され、東京・両国国技館で公認認定証を贈呈された。その式典に、出身のモンゴルから両親と姉、夫人を招いた。認定証を受け取る姿を見た父バトジャルガルさんは、涙をこらえ切れなくなっていた。それを見た母ツェンデスレンさんも泣いた。玉鷲は「ずっと頑張ってきてよかった。この賞はお父さん、お母さんがもらったもの」と、丈夫な体に生まれたことに感謝した。父に初めて言われた「自慢の息子だ」の言葉にグッときた。
もともとは、東大に留学していた姉ムンフズルさんのもとを訪れて来日した。観光で両国駅を降りると偶然、鶴竜(現音羽山親方)と初対面。ホテルマンを目指していた玉鷲の人生は、力士へと急旋回した。もしも力士になっていなかったら、ホテルマンになっていたら-。そんな質問に玉鷲はこの日の朝稽古後、ほほ笑みながら語った。「もしも、なんて考えない。だから『あの時、こうしておけば』とかも考えない。何かが起きてから後悔するんじゃなくて、起きないように準備する」。初来日時に鶴竜と会ったことも必然、心のどこかで力士に会った時の、シミュレーションを立てていたのかもしれない。
運命的に導かれた相撲界で、空前絶後ともいえる記録を次々と樹立した。モンゴルで暮らしていた少年、青年時代にテレビで見ていた、旭天鵬の偉大な記録に並んだ。玉鷲は元旭天鵬の大島親方について「初めて会った時も、初めて会った感じがしなかった。そのぐらい温かさのある人。すごい人」と、尊敬の念を隠さない。そんな大先輩の背中を追って、偉大な記録に並んだ。だからこそ、自身を含めて力士3人だけの部屋では、本当に義理の弟の十両玉正鳳、親子ほど年齢の離れた20歳の序ノ口玉の寅という、弟弟子を大島親方のように優しく包み込む。そして父のように「オレの自慢だ」と言える日が、いつか来ると信じて現役を続けている。【高田文太】

