当て書き、という言葉がある。あらかじめ演じる俳優を決め、その俳優を念頭に置いてキャラクターを作り、脚本を書くことだ。
今作のきっかけは、18年の東京国際映画祭での今泉力哉監督と稲垣吾郎の出会いだ。20年に雑誌で対談した段階で同監督には稲垣主演の企画の話があり、物語を考えていたが、知らなかった稲垣から「もし僕で映画を作るなら、どんな役、内容になりますか?」と聞かれ、ごまかしたという。
今泉監督が稲垣をイメージし、10年前から眠らせたアイデアをベースに作った主人公は、編集者の妻と若手小説家との浮気を知りながら、何の感情も湧かない自分にショックを受けるフリーライターだった。稲垣は主人公と役作りについて「もし、僕も結婚して妻にそんなことがあったらショックでしょうけど、うまく感情表現できないな」「ここまで役作りしない役ってないんじゃないかと。僕の素、心の中を見透かされている感じ」と評した。かといって役作りしていないわけはない。「お芝居しすぎない今泉組のスタイルに合わせた」。
今泉監督のスタンスに寄せたことで、自らを当て書きした脚本、役にシンクロし「俳優にとって最高な体験」が出来たのだろう。哀愁や枯れすらのぞかせる今作は、50代が迫る稲垣の、今後の俳優人生を明るく照らすであろう1本だ。【村上幸将】(このコラムの更新は毎週日曜日です)




