オーディションなどで若い俳優に志した理由を聞くと「いろんな職業が体験できるから」と答える若者は多い。一般的に社会に出ると1つか2つの職種を経験することが多い中、医者や弁護士、はたまた警察に犯人と、社会に存在するあらゆる仕事を経験できる可能性がある。

また、実在する人物であれば、演じることがさらに楽しくなるのではなかろうか。視聴者の頭の中のイメージに近い人物を忠実になぞるのか、それともその想像を裏切るのか、それは演者にとって腕のみせどころでもあると思う。

そういった意味では昨年の大河ドラマ「麒麟がくる」で織田信長を演じた染谷将太、豊臣秀吉を演じた佐々木蔵之介は意外性があったのではなかろうか。放送前は賛否あったようだが、始まってからは肯定的な意見のほうが圧倒的に多かった。素晴らしい俳優さんのおかげでまた新たな人物像ができた瞬間でもある。

さて新ドラマ、今週あたりからちょうど折り返し地点。特に話題なのは小栗旬主演のTBS系ドラマ「日本沈没」(日曜9時)。原作は1973年に刊行された小松左京による日本のSF小説。ドラマや映画に何度かなっているが、昨今の震災が影響しているのか、これまで以上にリアリティーたっぷりの内容に仕上がっている。

余談だが、知り合いの子供はドラマを見た直後にベッドに入り、布団を頭からかぶってすぐに寝るらしい。それぐらい子供たちには強烈な内容なのかもしれない。大人にとってみても、過去の作品よりCGの発達などから十分な恐怖心を与えるクオリティーである。 また物語は日9の定番なのか、序盤はどこか半沢直樹を思わせる副総理の石橋蓮司に対し、エリート官僚・小栗旬が対立する形をとっている。後半にむけてより状況が悪化するであろう中、どのような展開になっていくのか楽しみである。 さて、前段が長くなったが今回紹介するのは、「日本沈没」にて総理大臣を演じている仲村トオル(56)。ヤンキー漫画が原作の映画「ビー・バップ・ハイスクール」でデビュー、役名も偶然にも中間徹。ここで一躍スター候補生となり、さらに人気ドラマ「あぶない刑事」に出演し、人気を不動のものとする。その後の活躍はご存じの通り、日本を代表する俳優の1人である。

そのキャリアはヤンキーからはじまり警察に弁護士、人気ドラマ「チームバチスタ」シリーズでは厚生労働省の役人も演じた。見た目は武骨ながら、はにかんだ柔和な表情を見せることでさまざまな作品に安定感をもたらす。主役はもちろん、脇にも回れる希少な存在でもある。

そこで今回の総理大臣役、正直はまり役だと思う。コロナ禍の中、総理大臣の会見を何度もテレビで見る機会があった。緊張感のある中、堂々としたその姿はどこか俳優に通じるものがあると感じた。そして、俳優の中で適任は誰かと考えた時に、今回のドラマで答えが見つかった。荒れた学生時代を過ごした後、警察では自由奔放な刑事2人に振り回され、弁護士や医師、役人をこなすキャリアは十分に説得力があるのではなかろうかと。

ちなみに現在公開中の映画「愛のまなざしを」では、強いイメージの役からは一転し、亡き妻のことを忘れられない精神科医を演じている。薬で精神を安定させ、妻のことを思ってはむせび泣く姿、これはこれで興味深い。強さと弱さを兼ね備えた仲村トオル、今後の活躍に、そしてその職種にも注目です。

◆谷健二(たに・けんじ)1976年(昭51)、京都府出身。大学でデザインを専攻後、映画の世界を夢見て上京。多数の自主映画に携わる。その後、広告代理店に勤め、約9年間自動車会社のウェブマーケティングを担当。14年に映画「リュウセイ」の監督を機にフリーとなる。映画以外にもCMやドラマ、舞台演出に映画本の出版など多岐にわたって活動中。また、カレー好きが高じて青山でカレー&バーも経営。今夏には最新作「元メンに呼び出されたら、そこは異次元空間だった」が公開された。

(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画監督・谷健二の俳優研究所」)