フリーアナウンサー古舘伊知郎(66)が、16日に単行本「MC論」(ワニブックス)を出版する。
テレビの司会として1960年代から活躍した故大橋巨泉氏をはじめ、タモリ、たけし、さんまの「ビッグ3」、とんねるず、ダウンタウン、中居正広、みのもんた、関口宏、小倉智昭、黒柳徹子、安住紳一郎、羽鳥慎一、村上信五などを取り上げ、その手法、影響力などを分析した“交友録”でもある。
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YouTubeの「古舘ch(チャンネル)」で、フジテレビ「夜のヒットスタジオデラックス」(85~90年)の頃の裏話とかね。(87年12月の覚せい剤取締法違反容疑で逮捕されてから)尾崎豊が出てきて、生放送の歌番に出ると。それは「夜ヒット」だったと。「歌作りに変わった点はありますか」って、それはお仕事だから聞くわけじゃないですか。
尾崎豊もピリピリして、自分に分がないから「本当に申し訳ないと思ってます」って言ってくれてるけど、本音はどっか、この歌番自体も、出てる自分も含めて小ばかにしなきゃいけない、彼のアングルがあるはず。それが波動で伝わってくる。俺も本音でやってないからって、そんな話をして、何のオチもないわけですよ。こんなすごい裏話があった、っていうんじゃないんですよ。でもそういうのが再生回数が伸びている。
それだけだったらYouTubeの話で終わってしまうんですけど、コメントが寄せられてるのを時折チェックすると「尾崎豊っていう人知りませんでした」「歌も聞いたことなかった」と若い人が。でも尾崎豊ってすごいシンガーがいたってことは知っていて「これをきっかけに聞いてみたらメッチャいい」っていう人もいるんですよ。それから「あの時、テレビの前に正座して待ってました。古舘さんの司会が嫌でしょうがなかったけど、そんな葛藤があってやってたと思ったら、私も今50何歳になり若くはないから、古舘さんを大好きになりました。登録しました」と。もう、いろいろなんですよ。
この「MC論」を見ると、(オチがない)そういう仕立てなってますから、いろいろな人を入れて。興味ない人は飛ばしてくれていいんで。手に取ってくれると、神になりますから。あの東京の代官山のTSUTAYAに行って、本屋大賞の脇に置いてあったらですね、ついで買いしてもらいたい。だからコンビニの大福ですね。レジ前の。だから本屋大賞のついで買いのつくりになっているんですよ。そういわゆる、僕の交友録。
交遊っていえば、27歳ぐらいだと思うんすけどね。プロレスの実況がブレークしたんです。で、俺がまさか売れるなんてね。会社でも、あまり評価されてなかったから。会社で評価されなくても、外で受けるからうれしいなと思ってる時に、東京に進出してきた吉本の東京支社長の木村(政雄)さんという人に呼び止められた。「東京支社長の木村です。古舘君、ちょっと話があるんですが」って。新宿の竹下通りでスカウトされたアイドルみたいなもんでしょ。その時は、日本武道館にアマチュアスポーツの取材で行くところだったんですが。そうしたら、今度会いたいと。
スケジュール表を見て、数日後かなんかにまた来てくれて。当時のテレビ朝日の本館1階にあった喫茶店の奥の方で、打ち合わせしたんですよ。「何の話ですか」「うちも、そろそろお笑いだけじゃなくてね。芸人だけじゃなくてスポーツ選手とか、アナウンサーとか、そういうジャンルを広げていきたい。ついては東京支社所属になってもらえないか。ぜひ、ほしい」ってスカウト。
で、有頂天になっちゃったよ。そんな大きい事務所が。お笑いから始めて、ここまで大きくなった会社がね。何か芸人扱いしてくれたことがうれしくてね。ニュースを読んでいて「あ、1カメから3カメに移りました」って実況しちゃって、怒られてダメだって言われたからね。アナウンサーは固くなきゃいけないっていう風潮があったからね。すごくうれしかったんです。(続く)
◆古舘伊知郎(ふるたち・いちろう)1954年(昭29)12月7日、東京都生まれ。立大卒業後の77年にテレビ朝日入社。同8月からプロレス中継を担当。84年6月退社、フリーとなり「古舘プロジェクト」設立。85~90年フジテレビ系「夜のヒットスタジオDELUXE、SUPER」司会。09~94年フジテレビ系「F1グランプリ実況中継」。94~96年NHK「紅白歌合戦」司会。94~05年日本テレビ系「おしゃれカンケイ」司会。04~16年テレビ朝日系「報道ステーション」キャスター。現在、NHK「日本人のおなまえ」(木曜午後7時57分)司会など。YouTube「古舘Ch」。14日の徳用・渋谷区文化総合センター大和田古さくらホールから初の全国ツアー「古舘伊知郎トーキングブルース2021」がスタート。血液型AB。



