藤子不二雄Aさんは1952年から2年間、富山新聞社に学芸部記者として勤務していた。

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富山新聞では22年1月1日から4月2日まで、藤子Aさんの務めていた2年間の時代背景を題材にした連載を掲載していた。記者時代を知るOBへの取材や、藤子Aさんの書いた挿絵などを載せていた。連載は全88回。北國新聞では夕刊で連載を続けており、4月7日時点で77回。最終回まで掲載を続ける予定だという。