俳優市村正親(76)が、12日放送のテレビ朝日系「徹子の部屋」(月~金曜午後1時)に出演。亡き父について語った。
市村の父は農家の長男に生まれたにも関わらず、長男の権利を次男に譲り、「好きなことさせてくれ」と言い、戦争から帰ってきてからはいろいろな仕事をして、最終的に自分で「武州新報」という新聞を立ち上げたという。そして軍人恩給がもらえる予定だったが「無事に生きて帰ってこれただけでも御の字なんだからね。そんなお金なんかもらっちゃダメだ」と「お金がないのに」拒んだと明かした。
そして、そんな父が亡くなる前に「母親に『献体したいんだ。僕みたいに、これだけね、酒浸りの男の体っていうのはね、貴重な医学の研究になるから、献体させてくれ』って言うんでね。母親も『父ちゃんが、そこまで言うんだったらいいですよ』って。で、亡くなった後は、即、持っていかれたんですよ」と明かした。
そして「ちょうどその時にね。僕、青山劇場で劇団四季の公演で『ロミオとジュリエット』をやってたんです。その時、初日だったんですよ。急に声が出なくなったんですよ。10時何分ぐらいにね。やばいと思ってマッサージしたりとか、いろいろやって、まあ出たんだけども。その瞬間におやじが亡くなったってことを、その日の夜、知ったんですよ。きっとなんか言いたかったんでしょうね」と不思議な体験を明かした。
そして「献体するもんだから、1週間後に病院の霊安室で面会することができたんですね。その時にね、顔がもうね、こういうような…緑になっちゃったんですね。その時に、僕のセリフでジュリエットのまだ仮死の状態の姿を見て、『まだ、死に神の青白い炎は迫ってない』っていうセリフがあるんですよ。死に神の青白い炎っていうのはね、ちょっとイメージになかったんです。普通、お通夜行くと、まだみんな、まだ普通のね…。1週間たったら、この色(緑色)だったんですね。で、おやじの顔見た時、『あっ! 死に神の青白い炎に包まれたっていうのは、このことを言ってるんだ。ジュリエットはまだ包まれていない』っていうね、実感が持てたのよ」と語った。
そして「病院に連れていかれて、いろいろね、やって、帰ってきたのは1年半後ですかね。棺おけに入ってきて、見ようと思ったら『開けないでください』と。『もう、本当に爪の細部まで全部、研究に利用させてもらったので』って言うんでね。母親と2人でね、もう見ないで…焼いて、お骨を拾ってね。でも、死んでからも、ひと働きしたいっていうのは、やっぱりおやじらしいなと思って」と明かした。



