ワハハ本舗のお笑い音楽ユニット、ポカスカジャンのタマ伸也(57)が、ソロで新曲「入りますシリーズ3~置くミュージック~」のサブスク配信をスタートさせた。タマ伸也がアーティストに入り込んで歌う第3弾は矢沢永吉(76)、エレファントカシマシ宮本浩次(60)、ビートたけし(79)、そして自分自身に入り込んで憑依(ひょうい)して熱唱する全4曲。ダウンロードできるQRコードが付いた自分自身のアクリルスタンドも発売している。【小谷野俊哉】

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1曲目は矢沢に入った「While the beat goes on」。「永ちゃんは去年暮れの紅白でも最高でしたね。変わらないって言うか、矢沢永吉に成りきっている。永ちゃんだったらなんて言うかって思いながら、曲を作りました」。

憧れたきっかけは、流しのギター弾きだった父親の影響だ。

「矢沢の世代のロックンロールって不良の音楽だったんだけど、僕の実家には普通にレコードがあって、それを聞いてたんです。その感覚が残っているんです。キャロルから『アイ・ラヴ・ユー、OK』(75年)でソロデビュー、アルバム『E'』(84年)くらいまでですね」。

昨年の大みそかのNHK「紅白歌合戦」で歌う矢沢を見て確信した。

「その時に、この曲はできてたんですけど、やっぱり俺の作った歌詞は間違いないっていうかね。歌詞の最後の文句が<歌詞>青春がまだ騒いでいるのさ ってね。スピリッツでやってるのを、勝手に感じたんですよね。青春のまんまやってるなぁみたいな。そうですね。自分も今年でポカスカジャン30周年なんですけど、これから続けて行くっていうことを思った時に、永ちゃんに入ったっていうことですね。永ちゃんは、ずっとやり続けている人っていうイメージがある」

2曲目はエレファントカシマシの宮本浩次(59)に入った「Fover Young」。歌詞に「今宵」と「月」が出てくる。97年発売の「今宵の月のように」は100万枚近い大ヒットになった。

「自分もアマチュアバンドをやっていた時に中野サンプラザに見に行ったんですけど、お客さんが客席の2列目までしかいなくて。でも、そういう“売れ線”じゃないことをやってるのがかっこいいみたいに、俺は思ったんです。『奴隷天国』(93年)っていうシングル曲を2列の俺らに向かって歌ってるんですけど、よくこれ出したなって思ってました。それで目が合ったりすると、『おめえな!』って怒鳴るって、すごいなと」

メジャーになったエレファントカシマシ、宮本浩次への思いも変わらない。

「そういうことがあって、それからの『今宵の月-』ですからね。メジャーな感じになった時に、ちょっといろんな思いをしたんですね。やっぱりそういう風にしてメジャーになってくんだなみたいに思って。『今、宮本さんは、やっぱり夜、月見るんだろうな』みたいな感じでね。あの時の月を今も見て何を思うのかなというのがテーマですね」

3曲目はビートたけしに入った「浅草キッド-1.0(マイナスワン)」。

「ツービートになる前の、新宿時代のたけしさんですね。明大をドロップアウトしてからの。幼少期のたけしさんは『たけしくん、ハイ!』っていう小説になって、NHKでドラマにもなっている。浅草時代以降はね、もう皆さん知ってる通りで。その前の新宿のフーテン時代っていうか、何ものでもなかった時のたけしさん、まだ夢追い人でもなかった時のたけしさんていうか。まぁ、ただただ僕の変愛っていうかオタクティクス(こだわり)」

最後の「オーマイギター!」では自分自身に入った。

「僕のおやじが流しで、ずっとギターを弾いているのを膝枕で聞いて育ったようなもんなんです。で、気づいたらもうギター持ってるんですよ、小学校の時に。おやじから『なんかフォークじゃないんだ』って井上陽水を勧められて、初めて聞いたのが『白い一日』ですね。そのまま受け入れて、よくわかんなかったんですけど、ギターで練習したのを覚えてます」

エレキギターを持ったのは、中学生になってから。

「中学に軽音楽部がなかった。だから調子に乗って自分たちで作って、文化祭で発表するっていう。そん時にやっぱ生意気にビートルズの『レット・イット・ビー』をやってました。ビートルズやキンクスをやったりとか」

音楽はただ聞くだけじゃない。アクリルスタンドを置いて、聞く時代だ。

◆タマ伸也(しんや)1968年(昭43)9月18日、青森市生まれ。96年にワハハ本舗に入団して、大久保ノブオ(58)、中山省吾(54)とポカスカジャン結成。19年に中山が脱退。担当はギター&ボーカル。177センチ。76キロ。血液型B。