ともに走る。69歳。ラグビー人生、最終章。霧のかかるグラウンドで、無邪気に選手を追いかける。白い吐息には、楕円(だえん)球に人生をささげてきた男の充実感が浮かんでいる。
今季限りで「勇退」する京産大ラグビー部の大西健監督(69)は、「最後の戦い」に挑む。関西大学Aリーグを4勝3敗の4位で終え、大学選手権出場の切符を確保。まずは12月15日に大学選手権3回戦、日大戦(埼玉・熊谷)に臨む。
「とにかく勝つだけ。それだけを考えて。なんとしても次に進みたい」
1歩ずつ着実に前へ行く。こだわりを持つ「FWが前に出て、BKが応える」をグラウンドで表現する。「チャンスはある。京産大らしい戦いを。その心を忘れずにできれば」。
迷いはない。「練習でできなかったことが、いきなり試合でできることなんてない。強いチームは試合中に練習風景が浮かんでくる」。厳しさを乗り越えた先に、見えるものがある。
支えがある。公式戦前の1週間で行われる「栄養合宿」は、部員の保護者や女子マネジャーが順番に準備を手伝う。10升の米を炊く。1選手3杯をノルマに、大西監督の妻・迪子(みちこ)さんが、大盛りの白飯をよそう。湯気で、正面の選手の顔が見えないような“食料部屋”で、体を強くする。
「これはうちの伝統。人間ひとりでは何もできない。誰かに協力してもらって初めて、成し遂げられることがある」。
助け合って、1つの方向に進んでいく。全力でぶつかるスクラム、集団モール行進こそ「大西ラグビー」の生き様かも知れない。
スタッフも本気だ。13年から指導にあたる元日本代表CTBの元木由記雄ヘッドコーチ(48)は「厳しいプレーを選択していくのが京産大のラグビー。大西先生が築いてきたことを全力で出していかないと。それが大西先生のやってこられたことの証明になる」と力を込める。伊藤鐘史FWコーチは京産大OBで、“そのとき”のために万全を整えてきた。
伊藤コーチの弟で、「将来は京産大でラグビーをする」と誓った少年は、「大西ラグビー最終年」でキャプテンとなった。LO伊藤鐘平主将(4年・札幌山の手)は「シーズンではあまり京産大らしい戦いができてなかった。次は負けたら、もう終わり。先生も最後ですけど、自分たちも最後。必死に戦って、結果で恩返ししたい」と闘志を燃やす。
花道を走りきる。大西監督は「監督」でなく「先生」と呼ばれる。来春には70歳を迎えるが、居残り練習にも付き合い、汗だくのユニホームと一緒にグラウンドを走る。
「練習は見るものじゃない。一緒にやるからわかり合えるんや」。
無理に教えたりしない。的確なタイミングで声をかける。
「ダメなら叱る。良ければ褒める。選手と向き合えない指導者になったら終わり」。
先生は、人を育ててきた。
選手の育成、起用法に悩み、眠らずに朝日が昇ったこともあった。人生で1番に眠れなかった夜は「中川将弥(17年度主将)がケガしたとき」だ。17年の試合中、不測の事態に巻き込まれた。タックルを受けた中川は立ち上がれなかった。救急車で運ばれ検査を受けると「頸椎(けいつい)損傷」が判明。言葉を失った。
「あいつのこと考えたら、全く寝られなかった。大丈夫かなとか、元気かなとか。指導者になって最も大きな事故やから…。今、あいつがグラウンドに出てきてくれることで勇気をもらってる。1番と言っていいほど、今でもあいつは戦力やから」。
懸命なリハビリ生活を送り、中川は今、車いす姿で球技場に向かう。
中川は言う。
「正直に…。ラグビーができてうらやましいなぁと思うときがある。今でも大西先生に『待ってるぞ』と言われる。ここが、自分の居場所。先生のラストイヤー。恩返しがしたい」。
今でも、あのときと夢は変わらない。
「プロのラグビー選手になること。その経験として車いすラグビーにも挑戦したい。絶対に立ち上がって、思いっきり走る。前例がなくたって、思えばできると思うんです」。
どんな困難でも、情熱を持ち続ける。そんな選手を育成してきた。
いついかなるときも、大学チャンピオンシップを-。描いた夢を諦めたことは一度もない。「届きそうで届かない。だから“夢”になる。ずっと追い続ける。それが人生」。諦めず、本気で追うからこそロマンが生まれる。
「勝負の世界に、死ぬ気で戦えないやつはいらない。勝ってみんなを喜ばせる。その気持ちが1番大切なんや」。
大西監督にとって、これが最後の挑戦となる。
全てを出し切った「ひたむきさ」の先に、ドラマが生まれる。【真柴健】
◆大西健(おおにし・けん)1950年2月19日、東京都生まれ。69歳。啓光学園(現常翔啓光学園)、天理大でプレー。23歳で京産大ラグビー部監督就任。関西大学Aリーグは90年度に初Vなど4度優勝。今季限りで大学教授を退官する。
◆真柴健(ましば・けん)1994年(平6)8月25日、大阪府池田市生まれ。京産大でラグビーと出会う。プレー経験はない。17年日刊スポーツ入社。17年~19年はプロ野球・阪神担当。今年11月からオリックス担当の25歳。愛称は大西先生に命名された「けん坊」。