ミラノ五輪で坂本とともに日本の中心メンバーとして団体銀メダル獲得に貢献し、個人でも2大会連続の2位となった鍵山は、誰よりも坂本を慕うスケーターの1人だ。3学年上の先輩で性別も異なるが、坂本のプログラムを“完コピ”するなど、長年「推し」と公言してきた。「パワフルだけど繊細さも兼ね備えていて。花織ちゃんにしかできないプログラムを作り上げていた」。坂本について語る時の鍵山は、自身のこと以上に目を輝かせる。

ただ、その「すごさ」の神髄を思い知らされたのはここ数年のことだった。羽生結弦さんや宇野昌磨さんが競技を退き、自身が「エース」と呼ばれる立場になってから。同じ境遇に置かれて初めて、22~24年世界選手権3連覇、21~25年全日本選手権5連覇という華々しい活躍の裏で、どれほどの緊張感と責任を背負い続けてきたのかを悟った。「これほどのものと戦っていたのかと思いました」。結果を求められ続ける苦しさ。勝って当然と思われる重圧。少しの失敗も許されない空気感。それでも坂本は弱音を吐かず、周囲にはいつも明るく振る舞っていた。「当たり前ではなかったんだと思う」と、太陽のような存在の尊さを痛感した。

エースの在り方を、坂本から直接説かれたことはないが、その姿勢がすべてを教えてくれた。かつて「エースならこうあるべきだ」と理想の姿を演じようとして多くの失敗を経験したが、坂本を見ればどんな時も自然体だった。あのミラノ五輪でも、歓喜も、涙も、少しも隠さなかった。「花織ちゃんはずっと花織ちゃんだった。それが一番の強みだったんじゃないかと思います」。自分を偽らず、等身大の姿でいることの大切さ。何度勇気をもらい、励まされたことかわからない。今度は自分が“鍵山らしさ”を貫きながら、受け取ったバトンを次世代へつないでいく。【勝部晃多】