自慢の「兄ちゃん」平野歩夢 追いかけた弟海祝 2人で飛んだ北京の空

北京五輪のインタビューで「兄ちゃん」という言葉を何度も耳にしました。飾らない言葉の中に新鮮さを覚え、兄弟の結びつきの強さを感じた人も多かったのではないでしょうか。兄の背中を尊敬の目で見つめる弟と、さりげなく気遣う兄。変わらぬ関係のまま高め合ってほしいと願いたくなります。

ストーリーズ

奥岡幹浩

<北京五輪:スノーボードハーフパイプ歩夢金メダル&海祝9位>

兄弟の絆を感じながら、ふたりは喜びをかみしめた。北京オリンピック(五輪)で日本勢が手にした金メダルは3つ。その1つは日本スノーボード界初の快挙となるもので、男子ハーフパイプの平野歩夢(23=TOKIOインカラミ)が獲得した。4歳違いの弟海祝(かいしゅう、19=日大)も初めて出場し9位。「兄弟で一緒に出場できた中で結果を出せた。お互いにとって良かった」と兄が晴れやかな表情を浮かべれば、弟も「(兄が)最後の最後に勝負強さを見せてくれて、本当にうれしい」と喜んだ。兄弟で歩んできた北京までの道のりを、それぞれの証言を交えて振り返る。

11歳で見たソチ五輪、兄の勇姿

テレビカメラが回っている前でも、三男海祝は次男歩夢のことを「兄」とは呼ばない。いつも通り自然体で、ときには尊敬の念も込めながら「兄ちゃん」と口にする。

北京五輪で、兄歩夢が金メダルを獲得した直後もそうだった。「小さい頃から兄ちゃんが努力しているところを見てきた。一緒に(ワールドカップなどの)大会を回った今シーズンも、みんなが見ていないところで兄ちゃんはひたすら努力していた。だから金メダルを取ったのを見て、感動というか、泣きそうになった」。

14年ソチ五輪で歩夢が当時15歳で銀メダルを獲得したとき、海祝はまだ11歳だった。地元の新潟県村上市で開催されたパブリックビューイング会場から声援を送った。そして冬季五輪の日本人最年少メダリストとなった兄の姿に、心を突き動かされた。

「兄ちゃんはすごい」。自身も本格的にスノーボード競技を始めることを決意。それまでは長男英樹(えいじゅ)と歩夢の2人の兄が、父から激しい指導を受けているのを眺めている立場だったが、自身もその中に身を投じた。

2014年ソチ五輪で、兄歩夢をパブリックビューイングの前で応援する平野海祝(2014年2月11日撮影)

2014年ソチ五輪で、兄歩夢をパブリックビューイングの前で応援する平野海祝(2014年2月11日撮影)

歩夢が平昌五輪でショーン・ホワイト(米国)との激闘を繰り広げ、2大会連続の銀メダルを手にしてから約半年後の18年9月、海祝は世界ジュニア選手権(ニュージーランド)で銅メダルを獲得した。さらに20年1月のユース五輪(スイス)で銀メダルに輝くなど、世代別の大会で結果を残した。そして21年4月の全日本選手権で初めて3位となる。兄と同じ日本代表チーム強化選手に選出された。

一方の歩夢は、スケートボードで21年夏の東京五輪出場という二刀流挑戦を経て、同年秋、わずか半年後の北京五輪出場に向けて全力疾走を開始。シーズン開幕直前の12月初旬には、海祝とともに五輪出場を目指すことについて「やっぱり兄弟で上がっていきたいという思いは特別に持っている。一緒に練習する機会も多くなっているなかで、シンプルに海祝に頑張ってもらいたい気持ちもある」と強調していた。1人ではなく兄弟で五輪選考レースを戦うことについては「すべてがメリットになっている」とうなずいた。

東京五輪 スケートボード男子パーク予選 演技をする平野歩夢(2021年8月5日撮影)

東京五輪 スケートボード男子パーク予選 演技をする平野歩夢(2021年8月5日撮影)

同じころ、海祝は久しぶりにスノーボードに取り組む歩夢について、「最初は思うように滑れていなかったけれど、1カ月ぐらいで感覚が戻ってきていると感じた。そのあとはもう、進化しているぐらい」と表現した。スケートボードに専念するため、長らくスノーボードから離れていたブランクについて「感じられない」と目を丸くしつつ、兄が進化を重ねる要因について「スノーボードをやっていないときこそ、スノーボードのことを一番に考えていた」と分析した。

そんな海祝の言葉通り、北京五輪シーズンが始まると歩夢は目を見張る存在感を発揮した。そして同時に弟も、兄とは異なるスタイルを示しながら、急激な成長曲線を描いた。五輪出場を見据え、兄弟による進撃が始まった。

ビビりを消した兄のイヤホン

昨年12月、4シーズンぶりに出場したワールドカップ(W杯)開幕戦(米コロラド州)で4位と上々の滑り出しを見せた歩夢は、その翌週に同地で行われた招待大会デュー・ツアーで世界に衝撃を与えた。実戦で誰も決めたことのない大技「トリプルコーク1400」(斜め軸に縦3回転、横4回転)を繰り出し、見事に成功させたのだ。

その後の技の着地に失敗して5位に終わったが、「難易度マックス」と話していた新技を決めたことで一気に波に乗った。年明けのW杯2戦を制し、初の年間総合優勝を獲得。堂々たる強さを示して北京五輪の切符をつかむと同時に、ここ数年の勢力図を一気に塗り替えた。

兄に続けとばかりに弟も急成長を遂げた。年明けのW杯で自己最高4位に入って五輪への出場ポイントを一気に上積みすると、W杯最終戦でも8位に入り、初の五輪切符を獲得。さらに北京五輪直前に行われたXゲームで海祝は3位に入り、2位だった歩夢とともに表彰台に立った。ともに練習する機会が増えたことにより、安全なマットでの練習で技の完成度を徹底的に高めてから雪上訓練へと移るようになったことや、兄を見習って丁寧に滑ることを心がけるようにもした効果が、はっきりと表れてきた。

父英功さんは2月上旬、地元の村上市で行われた北京五輪壮行会で「兄弟での五輪出場は、彼らの夢でもあった。家族としてもうれしい」と目尻を下げた。東京五輪から北京五輪へと突き進んできた歩夢については「(時間的な)余裕がない中で挑戦を重ねてきた」と評価。そして海祝については、「努力が報われて良かった」とうなずいた。

平野兄弟の父英功さん(2018年1月30日撮影)

平野兄弟の父英功さん(2018年1月30日撮影)

迎えた北京五輪。決勝の2日前に行われた予選で、弟は兄が差し伸べてくれた救いの手に感謝した。

抽選の結果、出場25人選手のトップバッターとして登場した歩夢は、自分の試技を終えたあとすぐリフトに乗り、11番目で滑走を持つ海祝のもとへ急行。海祝によれば、北京入り後の練習中に海祝自身が愛用するイヤホンが故障してしまい、兄のものを2人で“シェア”することに。

「音楽を聴いていればアドレナリンが出て高く飛ぶことができるけれど、音楽がないとびびってしまう。自分的には大ピンチだった」

そう説明したうえで、「イヤホンを借りて臨み、兄ちゃんの意思を引き継いだ感じ(笑い)」。自身9位での予選通過と、兄の1位通過を喜んだ。

北京五輪 男子ハーフパイプ予選を終えて引き揚げる平野海祝(2022年2月9日撮影)

北京五輪 男子ハーフパイプ予選を終えて引き揚げる平野海祝(2022年2月9日撮影)

決勝でも海祝は持ち味の高さを生かしたパフォーマンスで魅了した。高さ7・4メートルという記録的な数値も計測され、「自分としては納得できる内容。すごく楽しい五輪になった」。結果は9位だったが、現時点でのすべてを出し切り、充実感に浸った。

そして歩夢は、さらにまばゆい輝きを放った。

1、2本目の試技でいずれもトリプルコークを成功。それでも2本目を終えた時点で91・75点の2位にとどまり、納得のいかない採点に対して怒りを感じながら3本目へ。「いい意味で、いつも以上に怒りとともに集中できた」と振り返った最後の試技でより完成度の高いトリプルコークを繰り出し、96・00点のハイスコアで逆転優勝を飾った。

北京五輪 スノーボード男子ハーフパイプ決勝の3本目を終え、右手を突き上げる平野歩夢(2022年2月11日撮影)

北京五輪 スノーボード男子ハーフパイプ決勝の3本目を終え、右手を突き上げる平野歩夢(2022年2月11日撮影)

試合後、歩夢は、兄弟で決勝を戦った価値を口にした。「2人で決勝に出場できたことが、一番大きな思い出かなと思っている。お互いが高め合いながらやれた。海祝もいい滑りをしていたし。そういうことにも(背中を)プッシュされた」。

一方の海祝は兄が見せたパフォーマンスについて「すごすぎる。やっぱり、(金メダルを)取るべきは兄ちゃんだと思っていた」と感嘆。そのうえで、「4年後は兄ちゃんと一緒にメダルを取って、もっとスノーボードを盛り上げたい」と誓った。

北京五輪 スノーボード男子ハーフパイプで金メダルを獲得し、日の丸を掲げる平野歩夢(2022年2月11日撮影)

北京五輪 スノーボード男子ハーフパイプで金メダルを獲得し、日の丸を掲げる平野歩夢(2022年2月11日撮影)

北京での激闘を終え、次なる大きな目標はミラノ・コルティナダンペッツォ五輪。兄弟は再び力を合わせ、長い道のりを歩き出す。兄としては2度目の、弟にとっては初めての頂きを目指す旅となる。