ここまで困難に見舞われた五輪はあっただろうか。新型コロナウイルス感染症のパンデミックで、1896年の第1回近代五輪から数えて初めて、大会は延期された。20年3月24日の延期決定から1年余りが過ぎたが、いまだ新型コロナの感染拡大は収まらず、開催に対し、世論は日に日に厳しさを増している。

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思えば、新国立競技場の白紙撤回(15年)大会エンブレム白紙撤回(同)小池新都知事による会場移転騒動(16年)暑さ問題でのマラソン札幌移転(19年)など、今回の五輪は何度も困難に直面した。これに加えて延期、大会の簡素化、コロナ対策を進めてきた。ここまで打ちのめされてもなお、今が過去最大の危機という状況。運営側に同情すらしたくなる。

開催に向けたキーポイントは「観客の有無」と「選手のワクチン接種」だ。観客については政府、東京都、組織委員会、国際オリンピック委員会(IOC)、国際パラリンピック委員会(IPC)の5者協議で「観客数の判断は6月に国内のスポーツイベント等における上限規制に準じることを基本に行う」と決めた。

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軸は「上限50%」か「無観客」のどちらかと言われてきたが、ここに来て「上限5000人」という案が組織委や政府の中で浮上してきた。緊急事態宣言が5月末日まで延長された際、国のイベント開催制限が「5000人または50%の少ない方」と規定されたからだ。

■反対8割になれば…

一方で、ある組織委関係者は「開催反対(という世論)が8割程度になればもたないだろう」と話す。振り返れば、整備費高騰で新国立競技場の計画が白紙撤回された際も、反対が8割程度だった。今回も同様になれば政権は立ちゆかなくなり、「中止せざるを得ないかもしれない」と言う。

ただ、5月の世論調査では「中止すべき」が約6割、「開催すべき(有観客より無観客の割合が多い)」が約4割となる中、「ワクチン接種の道筋が見えつつある中、わずかだが世論が上向いている」と開催へ状況が好転していると見る向きもある。

しかし、感染状況と世論を踏まえ、観客上限とその判断時期を誤れば、ギリギリで踏ん張っているような国民の支持すらも、失いかねない。

政府関係者の中には開催を優先するため無観客を早期に決断すべきとの声もある。一方で都は「当然、観客は入れたい」(都幹部)と無観客は避けたい。無観客なら五輪を開くメリットが激減することに加え、組織委予算に計上されている約900億円のチケット収入が消えれば組織委が賄えない分を都が補うことになる。税金が財源となるため、それは避けたい。

IOCにはトーマス・バッハ会長をはじめ、なるべく大会に近い時期に判断すべきとの考えが根強い。関係者によると事務レベルの協議では「有観客で準備しておき、もし感染状況が悪化すれば大会直前でも無観客にすればいい」と簡単に言ってのける事務方もいるという。

これらの綱引きを長引かせることは得策ではない。ずるずると判断時期を後ろ倒しにすれば、五輪開催を支持する側の国民世論も、風前のともしびとなる恐れがある。

■目立つ「丸投げ」感

もう1つのポイントは、日本選手団のワクチン優先接種だ。5月6日、IOCは世界の全選手団にファイザー社(米国)と共同開発のビオンテック社(ドイツ)からワクチンの無償提供を受けると発表した。国民への供給計画とは別枠だ。

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4月中、大会関係者は「選手は5月末か6月初旬に打ち始めないと間に合わない」と話していた。ただ、高齢者への接種も満足に進まない状況に政府をはじめ、国内の関係団体から選手への優先接種を言い出すことはできなかった。その中、IOCの発表は渡りに船となった。

しかし今度は「五輪だけ特別扱いか」との批判が相次いだ。国内計画とは別枠とうたっていても、国内接種率が低いままでは何を打ち出しても、批判の矛先は五輪に向けられる。4月中から大会関係者の間では「一般国民への接種が始まらなければ、なかなかアスリートへ接種すべきとは言えない」と話がされていた。

すると5月7日、菅義偉首相は「来月を目途に、高齢者の接種の見通しが立った市町村から基礎疾患のある方々を含め、広く一般の方々にも接種を開始したい」と述べた。これがIOC発表の翌日という絶妙のタイミング。五輪ありきのスケジュールとの見方をされかねない。そう見られる政策を連発しては、国民感情は離れていくばかりだ。

IOCバッハ会長は大会時に選手村に入る選手、関係者の8割が接種済みになるとの見方を示す。その状況で開催国の選手だけが未接種となれば、各国オリンピック委員会(NOC)が続々と五輪参加の見送りを表明する恐れもあった。そんな中、一部世論調査で批判よりも賛意が上回ったこともあり、なんとか日本代表選手への優先接種が6月初めから始まる方向だ。

ところが今後は報道関係者に対し、ワクチン接種を推奨し始めた。5月19日のIOC調整委員会でコーツ委員長や丸川珠代五輪相がそう述べた。報道関係者は約3万5000人で、うち海外からの来日予定は約3万人。国内接種率の低さを考えれば、通常スケジュールで国内メディアにワクチンが回ってくることは考えにくい。

海外メディアが接種済みの中、国内メディアが未接種となれば「なぜ開催国だけ…」とアスリートと同様の問題が生じる。一方で国内メディアに対し優先接種するという話になれば、当然、理解はされないだろう。あまりにも「丸投げ」感が強い。

■安心安全へ説明を

延期以来「ワクチンを前提にしない安心安全な大会とする」と言い続けたIOCや政府、組織委だが、ここに来てワクチンに頼る傾向が強まっている。なるべく多くの選手や関係者が接種していることこそが、直に感じ取れる「安心安全」であることは間違いない。

だからこそ組織委や政府、東京都には五輪のために取る施策について誠実に説明をしてほしい。4月に「選手優先接種」の報道が出た際、丸川氏は「現時点ではもちろん、これから先も具体的な検討を行う予定はない」とまで言い切ったが、国内供給と別枠とはいえ結局、優先接種は実施することになった。

横目で国民のご機嫌を伺うようにし、正面からの議論を避けていては世論はどんどん五輪開催から離れていくばかりだ。【三須一紀】

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