昨年12月20日のJ3最終戦をもって僕は元Jリーガーとなりました。それは2020年で引退と決めた時から分かっていたことなので、「元Jリーガー」を名乗ることなく次のステージへ進むと決めていました。

「元Jリーガー」で生き残れる時代は終わっています。価値とは希少性なので、Jリーグが始まった時の価値は高く、社会の中でも注目を集める存在でした。あれから約28年の月日が過ぎ、Jリーグは今もなお、その価値をギリギリ維持しています。

問題は「Jリーグ」の価値は維持できていても「Jリーガー」の価値がなくなってきているという点です。僕はJリーガーの価値が最も高かったのは、ワールドカップ(W杯)に出られるか出られないかのギリギリの時代を生き抜いていた選手たちがプレーしていた頃だと思っています。そこには社会が求めるヒーロー像があり、夢や希望を体現している存在として必要だったのです。あの時代に生きた三浦知良選手は、いまだその価値を維持していると思います。むしろ、その価値は上がっているかもしれません。それは間違いなく希少性なのです。

現在はJクラブのチーム数も増え、リーグも拡大しました。その結果、Jリーガーも増えました。現役Jリーガーですら希少性という意味においての価値が薄れてきています。それはワールドカップに出場することが当たり前となった結果、「日本を救う」ヒーローがいなくなってしまったということ。そして、ワールドカップに出場しても優勝は夢のまた夢で、現実的ではないという事実を一般レベルでもわかってしまったこと。こうなるとJリーガーの価値はより落ちていくわけです。言い換えれば、「元Jリーガー」となれば一気にその希少性はなくなるということです。

余談ですが、プロ野球選手に価値があるのは、いまだに12球団しかなく、オリンピックやWBCでも優勝を狙える可能性があるからだと思います。こういったことを踏まえ、価値に対する理解を深めていないと選手は自分のキャリア形成の迷子になります。僕はそんな選手を多く見てきています。最近ではようやくサッカー選手はサッカーだけをやっていればいいわけではないということに気がついてきた選手が多くなりました。

しかし、問題なのは今、自分が持っている価値を生かせているのかどうか。Jリーガーに価値がなくなってきているのは希少性という点においてですが、それは決してJリーガーの増加という数字上の話だけではありません。それは、社会の中での必要度ともリンクしていると僕は考えています。

日本がワールドカップで優勝するために人生をかけてJリーガーをしている選手は何人いるのでしょうか。もし、そんな選手がいれば僕は今すぐその選手のセルフプロデュースをお手伝いしたいと思います。もしかすると三浦知良選手の価値が高いのは、いまだに自身のワールドカップ出場と日本のワールドカップ優勝を本気で考えているからではないかと思います。

今のJリーガーに大事だと思うのは以下の2点です。1つ目は圧倒的にJリーガーを突き詰めるか。2つ目は圧倒的に人間◯◯を突き詰めるかです。前者に関しては、僕自身、日本代表にも選ばれたことがないので、正直言えることはほぼないです。ただ、もしアドバイスを求められた場合ははっきりと言えることがあります。

それは「副業を探してないで日本がワールドカップを優勝するために自分の時間を24時間使え」です。日本がワールドカップで優勝するのは恐らく今の現役選手が引退したもっともっと後のことでしょう。しかし、だからといって何もしなければずっとこのままその状況は続きます。そうなれば世間からは飽きられ、Jリーガーの価値はもっと下回ります。そういうことも想像し、日本サッカー界のために戦える選手にならなければ、「元Jリーガー」という使えない肩書を背負うことになります。

後者の方は最近、少しずつ増えてきたように思いますが、どうしてもそこに違和感を感じます。それはみんな次の職業を探しているということです。そして必ず稼げるかどうかを最優先に考えています。

もちろん稼ぐことは大事です。しかし、どんな職業もすぐに稼げるほど甘い世界ではないのです。大人気のラーメン屋も店主が寝ずにおいしいスープを考え続けた結果です。それをサッカー選手が現役中にやることは非常に難しいことです。だから他人にお金を預けて人に頼ってしまいますが、それでうまくいくほど簡単な世の中ではないはずです。

Jリーガーがするべきことはセルフプロデュースです。今こそ、自分の価値を見極め、プロデュースをするべきなんです。その選手の価値は、育ってきた境遇や今の所属地域などによっても変わってきます。自分がどんな人から応援されているのか? それを踏まえた上でその人たちはなぜ応援してくれているのかを考えます。ここをきっちり分解して考え、応援されている要素を明確に出していきます。

そこで間違ってはいけないことは、その人たちが喜ぶために頑張ろうと思うことです。その瞬間にその価値に賞味期限が生じてしまいます。それは引退後の主戦場が「元Jリーガー」になってしまうからです。

僕を応援してくれている人はJリーガーを頑張る僕を応援していません。大きな枠で言えば応援してるのですが、それはあくまでも今、Jリーガーとして挑戦をしていたからです。応援の理由を因数分解することで見えてきたのは、「挑戦」でした。しかもそれは「自分でもやりたい」と思うことでありながら「でも今更やれない」と断念してしまうというところがポイントになっています。

要するに、ゴールではなく、ゴールを目指すその過程に興味を抱いているのです。ピッチで走っているJリーガー、リングで戦っているファイター、共に戦っていることには変わりはないのですが、それ以上にピッチに立つまで、リングに立つまでのプロセスを共有したいという心理が働いているのです。自分ではできないこと、昔、諦めてしまったことをドリームキラーとしてつぶしてくる人はいますが、それ以上に応援したいと思ってくれている人は結構いるのです。それは自分では気が付かないもの。だからこそ、継続が必要なのです。

周りが飽きる前に自分が自分の努力を諦めたら終わります。Jリーガーがこれからやるべきことは大きな夢を公言すること。SNSを見ていても「日本代表になる」「ワールドカップで優勝する」なんて言葉を聞かなくなりました。壮大な目標を掲げなければプロセスを見せることができないのです。

今ある価値をプロセスと掛け算する。そのために必要なのがセルフプロデュース力なのです。Jリーガーを突き詰めるか、人間◯◯を突き詰めるか。副業やセカンドキャリアなどを考える前にセルフプロデュースをしなければ何をやっても同じことを繰り返すだけになる。2021年は「人」が問われる時代になると思います。

◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結ぶも開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退したが17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月にJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年シーズンをもって現役を引退した。175センチ、74キロ。

J3最終節の藤枝戦でプレーする安彦(左から2人目)
J3最終節の藤枝戦でプレーする安彦(左から2人目)