先日、都内で「tagboat art fair」というアート展に行ってきました。若手アーティストらがそれぞれに与えられたブースの中で作品を展示し、運営側が購入されるまでをサポートするというものです。私が行ったのは平日の昼間でしたが、ものすごく多くの方々が会場に来られていました。

各ブースでは、アーティストさんたちの世界観がいっぱいに広がっていました。その中で一際、目を引いたのがナカミツキさんというアーティストでした。彼女は10代前半の半身まひの入院がきっかけで自身の今のテーマにもなっている“音楽”の世界にのめり込んだアーティストです。彼女はあふれる音の渦の中で無我夢中になって描いたという作品たちについて「これを見たら、その時の情景が広がって誰かにエネルギーを与えられるのではないか、自分自身を理解してくれるのではないかと思い、絵で表現しています」と語っています。

ナカミツキさんの絵は楽器を主体としたアートでした。ひとつひとつの絵のデザイン性が人を明るくし、その絵から音が聞こえてくるのではないかと思えるくらい心が楽しくなれる作品でした。僕はアートに関してはど素人なので、ちゃんとした何かを伝えられるわけではないですが、素人だからこそ感じられることが多くあったと思っています。

ひとつは、人々の興味は自分の歩んできた人生と密接であるということです。絵を見て、選び、それを家に飾るという一連の流れには、自身の人生と密接な何かが必要だと思います。彼女の絵は自身の経験を元に描いてるので、作品からそのメッセージがしっかりと伝わってきます。それは作品を見た受け手にとっても、音楽や楽器に対する思い入れなどの自分の気持ちを代弁してくれているかのような感覚にさせてくれます。

楽器に興味のない僕が見ても非常にメッセージ性の強い絵だと感じることができたのも事実です。「楽器」というテーマが楽器を愛する人や、音楽に人生を乗せた人に響いた作品となったのだと思います。私が足を運んだ時は、ナカミツキさんの作品を多くの人が購入していました。

もうひとつ感じたことは、人生をかけてアーティストをしているかどうか。そこが運命の分かれ道なのだと思いました。この展示会はブーススペースが設けられているだけで、誰かが具体的なサポートをしているわけではありません。ということは、アーティスト自身が自分の描いた絵をどのように展示して、どのように営業をかけて、どう売るかまで全てやらなければいけないということです。

僕はJリーガー時代のことを思い出してみました。練習時間は決められていて、着る服も決められています。練習メニューも、その後の食事の時間も決められています。試合の日は前日から移動で、ここで着る服も決まっています。何も考えなくてもメンバーに入れば、あとはピッチに立つだけです。自分でチケットを売る必要もなければ、お客さんの動線を考える必要もありません。気がつけばサッカーすることだけに集中してればいいわけです。

これが決して悪いことだと言いたいわけではありません。僕が言いたいのは、アーティストもアスリートも共に表現者であるということです。表現者は自分の見せ方をわかっていることはもちろんですが、お客さんにその表現をちゃんと理解してもらわなければ、そのものに価値が生まれないのです。

個人が出せる唯一の効果は勝ち負けに関係なくお客さんを感動させることができるかどうかです。チケットの価値はあの紙切れの値段ではなく、ピッチ内で躍動する選手から感じ取れる「見えない力」の価値です。その力をお客さんに伝えるということは、ただサッカーがうまければいいということではないはずです。

大事なのは、その作品から伝わるメッセージだと思います。僕がナカミツキさんの絵から感じたのはそのメッセージでした。楽しくて優しい、強いメッセージです。それはきっと彼女自身が体験したことに基づくからこそ、メッセージが作品に宿っていたのだと思います。それは絵を描くだけではなく、その絵をどう見せて、どんな言葉でお客さんに声をかけ、そして購入してもらうかということ。全ての努力がその作品に集約されるのだと思います。

サッカー選手にチケットを売れとは言いません。ただ、何も考えず与えられたことだけをやるのはもうお終いにするべきだと思います。価値を価格にするためには、その価値の届け先を徹底的に想像することが大事になります。サッカーの観戦チケットを10万でも買うという人が1人でもいれば、それは無料チケットで観戦にきた100人より価値があるということです。

与えられた器のなかで深く思考することをやめてしまうと、感性も感覚も価値もなくなります。僕も今は1人の格闘家として、戦う姿そのものに価値を生み出していこうと必死です。

「この生き様そのものをアートにしたい」

僕には絵や音楽を作り出す才能は全くないですが、自分の体を使って表現することはできます。ナカミツキさんというアーティストに出会い、自分の価値観をまたアップデートできたと思っています。(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「年俸120円Jリーガー安彦考真のリアルアンサー」)

◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結ぶも開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退した。同年12月には初の著書「おっさんJリーガーが年俸120円でも最高に幸福なわけ」(小学館)を出版。オンラインサロン「Team ABIKO」も開設した。175センチ、74キロ。