冬から春へ、季節が移り変わった。暖かな日差しとともに国内サッカーは新たなシーズンを迎えている。2月27日、天皇杯全日本選手権の東京都予選を兼ねた「東京カップ」2次戦1回戦に足を運んだ。お目当ては南葛SC。人気漫画「キャプテン翼」の原作者、高橋陽一氏が代表を務める関東1部所属のチームだ。
このオフにはMF稲本潤一、DF今野泰幸、MF関口訓充という元日本代表選手を呼び集めた。稲本はワールドカップ(W杯)に3度、今野はW杯に2度出場したレジェンドだ。地域リーグ所属の社会人クラブという立ち位置からすれば”ハンパない”補強というしかない(※3月1日には元日本代表DF伊野波雅彦の入団も発表)。今季の地域リーグでは最大の注目株だろう。
■今季初戦はエリース東京に辛勝
この日、今野だけがベンチ入りし、稲本、関口はベンチから外れた。まだ合流して1カ月ほど。今野については、DFラインにケガ人が多いチーム事情があってのベンチ入りだという。稲本、関口は外から戦況を見つめた。日本フットボールリーグ(JFL)昇格を狙うだけに、4月のリーグ戦からが本番とあって、外から戦況を見守った。
試合は、関東2部所属のエリース東京を相手に大苦戦した。人気漫画のリアル版とあって、チームコンセプトも大空翼の名言「ボールは友だち」。指揮する監督は、川崎フロンターレ、名古屋グランパスで風間八宏監督をヘッドコーチとして支えた森一哉氏。最終ラインから選手が連動しながら、相手チェックをかいくぐり、細かくボールをつないでいくモダンなスタイルの演出家である。
ただ、手の内を知るエリースは前線から激しくボールを追いかけ、体をぶつけながらパスワークを乱しにかかった。圧を受けて連係にほころびが生じれば、そこからカウンターを浴びた。実際に危ない場面もあった。
均衡した展開は後半29分、エリア内へ侵入したMF村越健太が倒されてPKを獲得。この絶好機でMF宮沢弘が冷静にゴール左へシュートを蹴り込み、結果的にこの1点が勝負を決めた。どっちに転んでもおかしくない、拮抗(きっこう)した試合だった。互いに同じ数だけあった好機を生かしたか、生かせなかったか。そこが明暗を分けた。
■関東リーグへ「レベルは低くない」
この日の試合は、世界最高峰の舞台でプレーしてきた稲本の目にどう映ったのだろうか。試合後に声をかけると「(エリースが)すごく球際とか積極的で、フィジカル的に強いチームだったので、レベルは低くないなというのが一番の印象です」と話した。
そして「自分たちのやりたいことがほぼ出せていなかった。対南葛となると、こういうのが多くなるのかなという印象があるので、その中でしっかり自分たちのパフォーマンスを出す必要があります」と表情を引き締めた。
昨季はJ2だったSC相模原でプレー。42歳になるベテランは、そこからカテゴリーを3つ落とし、地域リーグを選択した。最初に声をかけてもらい、迷うことなくすぐ決めたという。上を目指そうというクラブのビジョンに共感してのものだった。
南葛SCとは、何者なのか-。「葛飾区からJリーグを目指します!」という明確なビジョンを持ち、東京都1部リーグ所属時の20年2月にはJリーグ準加盟に相当する「百年構想クラブ」に認定されている。21年から関東2部リーグに参入すると、1シーズンで1部昇格を決め、今季はさらにJFL昇格を狙っている。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの社会人クラブである。
昨季まで所属した選手には、鹿島アントラーズで長く活躍し、日本代表歴もある青木剛(昨季限りで引退)がいた。そこへ今回の稲本らの加入である。チームには、上を目指すというより強いメッセージが刻まれた。ゼネラルマネジャーの岩本義弘氏が言う。
「練習の雰囲気が、アバウトな言い方をするとプロっぽくなったというか。今までも普通の社会人クラブと比べればそうだったと思うんですけど、よりそういう空気になってきた。最初はビッグネームが来たので、フワフワしたところも全体にありましたけど、練習も締まってきて、いい感じになってきたなと思っています」
また、岩本氏がいみじくも口にしたのは、「もともとうちはレベルの高い選手が多いので、逆に稲本、今野の方もこのレベルの高さに驚いているというのはあると思います。それだけ東京、関東の社会人チームのレベルは上がっているのだろうなと思います」。
■JFLへ「世界一厳しいトーナメント」
群雄割拠の関東リーグ。今季からJFLで戦うクリアソン新宿は、薄氷を踏む思いで昨季の関東1部を制すると、全国津々浦々の強敵が集う全国地域サッカーチャンピオンズリーグ(CL)でも快進撃を続け、JFL切符を手にした。そのクリアソンが抜けても、過去にJFLで戦っていた栃木シティFCやブリオベッカ浦安に加え、ボンズ市原や東京23FC、東京ユナイテッドという実力あるチームがそろう。
J1から数えて5部にあたるこのカテゴリーは、全国に目を移しても力の拮抗した好チームが目白押し。昨年の天皇杯でサンフレッチェ広島に圧勝して話題となったおこしやす京都AC、「レフティーモンスター」小倉隆史監督が率いるFC.ISE-SHIMA、元日本代表のエースストライカー高原直泰が率いる沖縄SV、北信越の雄・福井ユナイテッドFCなど。加えて過酷な日程が待ち構える。各地リーグ戦のほか、全国社会人選手権、さらに地域を勝ち上がったチームによる全国地域CLと、短期間で連日のように1つも負けられないトーナメント戦のような試合が続く。
決勝戦が次々とやってくるようなイメージだろうか。JFL昇格に挑み続けながらかなわなかったボンズ市原のゼムノビッチ監督は「世界一厳しいトーナメントだ」とまで表現した。プロなら毎日のように試合は行われない。だが、ここには社会人ゆえの過酷なスケジュールがあり、さまざまな複合的な要因がかみ合わないと勝ち抜けない。あの最後の失点がなければ、あのPKを決めていれば。そんな紙一重の勝負を、何度も目の当たりにしてきた。そんな厳しい戦いが、また始まる。
■「ボールは友だち」がキーワード
JFL昇格という明確な目標に向かう中で、南葛をどんなチームにしていきたいのだろうか。そう問うと、岩本氏は力を込めてこう話した。
「高橋先生と話し合って決めたことですけど、キャプテン翼がボールは友だちというのが一番のキーワードなので、必ず自分たちで主導権を握って、ボール自体を友だちにしていくサッカーで勝っていこうと。下のカテゴリーでは、しっかり守備を固めて縦に速いサッカーをする方が結果は出やすいじゃないですか。ただ、それだとあまり夢がない。キャプテン翼を掲げている以上、見ている人が魅了されるような、そういうサッカーで上を目指していくというのがコンセプトでもあります」
結果と内容の二兎(にと)を本気で追い求めていく。キャプテン翼の夢とロマンを現実社会にも描くために。まさに筋書きのないドラマが、始まろうとしている。【佐藤隆志】(ニッカンスポーツコム/サッカーコラム「サカバカ日誌」)