吾輩は猫である。名前はまだない-。
日本フットボールリーグ(JFL)に所属するクリアソン新宿にマスコットが誕生した。それも選手が提案し、出来上がったものだった。
■GK浅沼優瑠が提案プロジェクト
21日に行われた新体制発表会。選手たちが今季に向けた新たな取り組みなどを発表する中、「マスコットプロジェクト」が報告された。
担当したのは31歳のGK、浅沼優瑠だった。
「僕が以前に所属したVファーレン長崎にはヴィヴィ君(※長崎の県獣の九州シカ、県鳥のオシドリおよびクラブ名のVを組み合わせたものをモチーフ)というマスコットがいました。そのマスコットが人のつながりをつくり、街や人を元気にしてくれる。マスコットを好きになって試合を見に来る。大切な役割となるマスコットが、いよいよ誕生します」
スライド画像を切り替えながら、マイク片手のプレゼン。選手自らが壇上に立ち、まるでスティーブ・ジョブズさながら。こんな新体制発表会は見るもの初めてだった。マスコットのシルエットが映し出され、なお説明が入る。
そしてお披露目されたマスコットは「招き猫」。
その愛らしさと、意表を突く発想に会場は温かな笑いに包まれた。
「猫は人懐っこく、人に愛されている動物。新宿はいろんなバックグラウンドがあり、猫が合いました」
さらにスライド画像が切り替わった。
「まだ名前はない」
この文字が映ると、ドッと笑いが大きくなった。これから3月10日の開幕に向けて名前を公募し、得票の多いもので決まるという。
クリアソン新宿は昨年、ホームスタジアムがない中でJ3クラブライセンスを交付された。今季のJFLで上位に入れば東京23区のクラブとして初めてJリーグ入りが決まる。そんな期待の高まるシーズンを前に、マスコットプロジェクトは重要な議題だった。
選手であり、株式会社クリアソン新宿(クラブ事業、キャリア支援、イベント、研修事業)の社員である浅沼に話を聞いた。
■「つながり」テーマに意見出し合う
-経緯を教えてください
「昨年の2月に私が入社(株式会社クリアソン新宿)して、すぐにマスコットいないんですか? って話をさせていただいて。現実的に難しいんだよね、って。いろんな人の協力、デザインとか、実装するにあたって、運用の仕方もまったく分からない。そんな中で1年つくりあげていこうとみんなでいろんな情報を持ち寄りました。クラウドファンディングをして、実際にやっていこうとなったのが9月。そこから年内までにバッーっと進みました」
-招き猫の決め手は?
「決めるまでは色々な候補があって、最初のイメージは何かの動物というよりはテーマ。つながり、人と人をつなげる、関係を深めるというテーマを先に決めて。考えているうちにクリアソンらしいものって一番なんだろう?となって。社内で協議した結果、招き猫がいいんじゃないかとまとまりました。いろんな声で決まったので、みんなで作る上げたというか、進んでいけた」
-商売繁盛「千客万来」と縁起がいいし、日本の伝統工芸でもあります
「新宿で思ったのは、酉(とり)の市とかあるじゃないですか。熊手とかに招き猫が乗っていたりとか、あと、お店どこに行っても招き猫があるので。すごい身近なものだし、そういったところから作り上げた。その中でオリジナリティーをどう出すか、みんなでアイデア出して作り上げていきました。既存の伝統を大事にしながら、これから新しいものをつくるみたいな。自分が携わっていく上で大事にしたいところです」
■長崎のヴィヴィ君は平和がテーマ
浅沼は東洋大を卒業後、YSCC横浜、SC相模原、カマタマーレ讃岐、V・ファーレン長崎を経て昨年からクリアソン新宿でプレーしている。そのキャリアの中、在籍したJクラブには必ずマスコットがいた。
讃岐時代には、香川県の新屋島水族館の公式キャラ、アメリカンマナティーの「マナやん」とX(旧ツイッター)の音声コミュニティーに参加していた。その影響力は大きく、長崎への移籍が決まった際には、マナやんに関心を持ってくれた長崎サポーターとのつながりが新たにできたという。
また、長崎に移ってからは、被爆地ゆえの「平和への願いをテーマにした」ヴィヴィ君の存在の大きさを実感。マスコットとは、その土地、その土地になくてはならない大事なシンボルだと考えていた。
「マノやんに会いに行ったよ、とか。ヴィヴィ君、この間めちゃくちゃかわいかったね、とか。マスコットが生み出すつながりの大事さ、これは会話のきっかけにもなるなと。クリアソンが大事にしている人とのつながりというところを、絶対により良くしてくれると確信していました」
■多様性を認め合うJマスコット
この日の新体制発表会には来賓として、WEリーグ代表理事の高田春奈チェアが参加していた。くしくもヴィヴィ君の長崎で社長も務めた人物だけに、マスコットへの思い入れをこう語った。
「Jリーグのマスコットって、いじわるな子もいるし、運動神経のいい子、悪い子、本当にみんなそれぞれ個性があって多様で、それを認め合うのがまた、Jリーグのいいところだなと思っています。だから新しいマスコットがどういう振る舞いだったり、どういうキャラクターなのかというのが、クリアソンさんを表していくんだろうなと思うと、すごく楽しみです」
そもそもクリアソンのホームタウン、新宿とは日本一のダイバーシティー(多様性)だ。国籍、ジェンダー、さまざまな人、異なる価値観を持つ人間が共存している。
さらに1日の乗降客数はギネスブックに認定される世界最大の320万人という新宿駅を持つ。多様な人が集う場所。そのポテンシャルを抱え、Jリーグという大きな夢に向かう。
■ホーム戦合計3万人プロジェクト
千客万来-。招き猫のマスコットがクリアソンに福を呼びこむか。今季はホーム試合15試合に合計3万人を動員する「3万人プロジェクト」も立ち上げた。加えて新宿の街全体をピッチに見立て、ここでも3万人と関わっていくと意気込む。
「大都会新宿、ないのはグラウンドだけ。サッカーはどんな障壁も乗り越えられる」
そう話すのは、フットボールアドバイザー兼クラブリレーションズオフィサーを務める森岡隆三さん(02年ワールドカップ日韓大会日本代表主将)。
ただ勝利を目指すだけではない。サッカーを通して人と人がつながり、新たな価値と感動を創造し、そして人も社会も豊かにしていく。そんな理念を掲げる個性あふれるクラブだ。
我が輩は猫である。名前はクリアソン新宿-。
新シーズンが楽しみである。
【佐藤隆志】