ニューヒロインが誕生した。ランニング「サークル」出身という異色の経歴を持つ小林香菜(23=大塚製薬)が、日本人トップの2時間21分19秒で全体2位。実業団1年目ながら、東京で9月に開催される世界選手権の参加標準記録2時間23分30秒を突破する好記録で、代表入りへ名乗りを上げた。

優勝は前回女王のウォルケネシュ・エデサ(32=エチオピア)。24年パリ五輪6位の鈴木優花(25=第一生命グループ)は終盤に逆転されて3位に終わり、悔しさをあらわにした。

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ゴール直後、小林は倒れ込んだ。起こされると、両手で顔を覆う。涙があふれた。「日本人1位になれるなんて…。実感なくて、訳が分からない」。喜び以上に、戸惑いが大きかった。

15キロ地点の給水所でアクシデント。ペースメーカーと右の太ももが接触したが「ダメージはあったけど、落ち着けた。きつさが痛みで和らいだ」とギアチェンジ。超高速ピッチの独特な走法で、粘り強く、先頭を追い続けた。35キロ地点で鈴木とは34秒差。ここから1分間のピッチ数が約220歩との特長で差を詰めた。

河野匡監督(64)からの指示通り、中盤までは先頭集団につき、苦手な上り坂で何度も離されながらも前だけ見た。気付けば40キロすぎで2位鈴木の背中が大きくなっていた。「沿道から『行ける』と言われたのでラストスパートを頑張った」。残り約800メートルでパリ五輪6位をとらえ、抜き去る。自己記録(2時間24分59秒)を3分40秒も更新して日本人トップとなった。

社会人1年目の23歳は異色の経歴を持つ。中学で女子3000メートルの群馬県記録を樹立。1位が小林で2位が1歳下の不破聖衣来(拓大4年)だったほどだが、高校で伸びず、早大では体育会の競走部ではなく、ホノルルマラソンの完走を目指すサークルに所属した。

4年時にホノルルを完走することが最大目標、という団体。活動自体は週1回皇居ラン(約5キロ)2周と「緩かった」が、徐々に「高校で結果を出せなくて心残りがあった。速く走りたい」と思いが強くなった。

「競走部は女子が少なくて、駅伝ができなくて。でもトラックよりマラソンを走りたかった」。競技者として再燃。大学3年だった23年大阪国際女子で2時間36分54秒の21位に入ったことを転機に、実業団入りを志して就活。河野監督に直談判して内定をつかんだ。

独特なピッチの速い走法は「中学から、この走り。自分では普通に走っているつもり」で自然体だ。入社1年目で「自分でも成長の要因は分からないんです」と初々しいが、入社当時から「マラソンで世界舞台を走りたい」思いを持ち続けてきた。「日の丸を背負って、世界を走りたい。そこ(28年ロス五輪へ)に向けても頑張っていきたい」。女子マラソンのニュースターになる。【竹本穂乃加】

◆小林香菜(こばやし・かな)2001年(平13)4月4日、群馬県前橋市生まれ。中学で水泳部に入部も2年から陸上部に途中入部。3年時には女子3000メートルでジュニア五輪に出場した。埼玉・早大本庄高を経て早大に進学し、サークルの「ホノルルマラソン完走会」「山小屋研究会」に所属。マラソン初挑戦の21年富士山マラソンでは3時間29分12秒。フルマラソンは今回8度目。154センチ。